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タックス・法律の視点から見る今のアメリカ

秦 正彦(Max Hata)|アメリカ

アメリカのロックダウン・失業率・そして失業保険 (2)

州政府のロックダウンにより雇用は2月のベストから4月にはワーストに転落。3月には通常の失業手当に週当たりプラス$600という手厚い支給が規定されるが、経済の再始動に伴い7月末には失効。(写真Credit: Nerthuz)

前回のポスティングで、アメリカの雇用環境が絶好調だった2020年2月から、州政府のロックダウンという政策チョイスにより、経済、雇用が一瞬にして壊滅的な状況に転落していく様子に触れた。ミッドタウンの写真を載せたけど、NYCで働いた経験がある人だったらあの交差点(3rd Aveと42nd St.)が普段どれだけBusyなところか分かると思う。日頃、人や車が多過ぎてフラストレーションが溜まりがちだったけど、今となってみてはそんなミッドタウンの喧騒も、JFKのセキュリティの長蛇の列も、カリフォルニア州のフリーウェイの大渋滞も文句言ってた頃がチョッと懐かしいね。わずか半年前の話しなんだけどね。

2月から4月は天国から地獄

米国労働省の「U.S. Bureau of Labor Statistics」、日本語だと労働統計局とでもなるのかな、で失業率データを見てみると、4月はカリフォルニア州を始め、多くの州でいきなり15%以上という統計史上最悪の失業率を記録するに至っている。わずか一か月チョッとの間に明暗くっきり。観光業への依存が高いハワイ州は22.3%(2月は2.2%)、ベガスがあるネバダ州に至っては28.2%(2月は3.6%)。2月と4月は天と地だ。

4月時点でも比較的マシ(?)な数字を記録していたのはアトランタのあるジョージア州(11.9%)や、ダラス、ヒューストンのテキサス州(12.8%)。ちなみに、この2つの州はロックダウンを解いて経済を再始動させるタイミングも早かったんだけど、オープンが早すぎるのではとメディアは厳しかった。特にジョージア州は経済再始動の先陣を切った経緯があり、州知事のKempはへの攻撃は激しくチョッと気の毒な感じはしたけど、

JFK.png

4月頭のJFKターミナル8のCurbside Check-Inエリア。あまりの閑散ぶりに愕然。この後、搭乗したCoast to CoastのAAフライトはガラガラでAirbus A320の大きな飛行機がまるでプライベートジェット。まさかブログにアップすることになるとは予想してなかったので「どアップ」でゴメン。(写真 by Max Hata)

各州の政策総合評価は?

コロナ対策と経済や家計を両立させる政策は難しい。今のアメリカは、何をやっても半分の市民はアンハッピー。「Statista」が集計しているデータによると2020年9月11日時点の累積で、コロナによる死亡者数は100,000人当たり、ジョージア州は58人、テキサス州は48人、とニューヨーク州の170人やお隣りのニュージャージー州の180人と比較して3分の1未満。これらのデータが何を意味するかっていうのは、他のデータも加味して総合的に考えないといけないし、そもそも何をもってコロナで死亡したのか、っていう判断も明確な基準がある訳ではないので数字の読み取りも難しい。最近CDC(アメリカ疾病予防管理センター)が公表したレポートではコロナで死亡したとされる人の実に94%は他の疾病も患っていたと報告されているくらいだから、それだけ死因を特定するのが難しいんだろう。もちろん、だからと言ってネットで噂されているみたいに実はコロナの米国における死亡者数は10,000という訳にはならないんだろうけど。数字ってそれだけ見るとハードデータに見えるけど、その意味はよく考えて理解していかないとね。今まで考えたこともないことを考えさせられるね。

「私はポリティクスではなく数字や科学に基づいて行動しています」っていうような発言をする要人が増えてるけど、多くのデータから自分の主張をサポートする部分だけを使ってることが多いし、そもそも数字の作り方や解釈が千差万別なことから眉唾なケースが多いような気がする。ポリティシャンが腐敗しているという話しではなく、数字、ニュース、ポリティクスというものは全て人間が関与する限りそういうもの、っていう「さが」を念頭に置いてみんなで世の中を見ていきましょう。

で、各州知事の政策に対する総合評価だけど、どちらかというとプロビジネスなFreedomWorksが、コロナ禍の中で各州の知事がどのように経済を舵取りしたかの成績表を公開していてウォールストリートジャーナルで引用されていたけど、興味があったらオルタナティブなビューとして覗いてみると面白い。ただ、この成績表だってもちろん主観的な部分があるんで、読んで鵜呑みにするんではなく、クリティカルな目でひとつの情報として取り入れないとね。

失業手当と雇用継続サポート

で、失業対策で、3月27日にCARES Actって法律ができて、失業手当に毎週$600というかなり手厚い追加支給額が規定された。アメリカの失業手当は、州の制度なので、手当の申請手続きや適格かどうかの判断は各州がやるんだけど、州で支給が認められると、連邦政府が$600の追加支給を負担する仕組み。実際にはこんな簡単じゃないけど。

失業手当は充実させる一方、もちろん、できれば失業者は出ないに越したことはないので、厳しい状況にもかかわらず雇用を維持した雇用者に対しては、人件費を国がローンで貸してくれて一定条件下で返済しなくてよかったり、人件費分、雇用者負担分の社会保障税の支払いを免除してくれたり、CARES Actでは流動性と雇用の確保双方に関しても手が打たれた。

手厚い失業手当はいつまで?

で、このプラス$600っていうのはあまりに手厚いので結構な人にとって働いてた時より収入が増えた形となった。中西部(アメリカのシカゴとかデトロイトとかあっちの方のこと)にあるメーカーの工場の幹部から実際に聞いた話しだけど、この手厚い手当のお陰でせっかく工場をリオープンしたのに従業員がなかなか戻ってこないとか、戻ってきたらピカピカの新車で出勤してとか。またクレジットカードの支払い滞納も予想外に少なかったそうだ。

無謀なプランで事業が暗礁に乗り上げたとかケースと違って、州のポリシーで経済封鎖した結果の失業なので、手当が当初手厚いのは当然。政府の命令で事業閉鎖したところも多い訳だから。で、次に議論となるのは、経済が徐々に再開する状況でいつまで手厚い失業手当を払い続けるか、っていう点。もちろんもらう方はいつまでもこのままがいい、って思うだろう。ただ、米国の巨大な経済をいつまでも国がUnderwriteし続けるような政策は長続きしない。$600の追加支給額はCARES Actでは7月末で失効することになっていた。

これを延長するかしないかの議論で両党の党是の差異が浮き彫りになり、高税率で政府が市民を支える方向の民主党は、来年の1月までそのまま延長する、っていう法案を提出。下院は可決させたけど、上院はもともと審議する予定もなし。ちなみにこの法案、他にも州政府援助とか盛りだくさん。州政府への援助も両党の意見が分かれる争点で、コロナ以前から州公務員のペンション運用を含む各州の財政規律には差があり、もともとコロナとは関係なく身の丈に余る歳出を繰り返してきた感のある州に、コロナ対策法案で連邦が援助をするべきかどうかという議論。U.S Newsの「Fiscal Stability Ranking」、各州の財政安定度合い?とでも訳すんだろうか、によると財政規律に問題ありのワースト10州のうち7州は民主党政権、逆に財政管理に合格のベスト10州のうち7州は共和党政権、という背景があり、州援助論は民主党側のインセンティブが高い。

3兆ドルって言われても数字が桁違い過ぎてピンと来ないよね。「20ドルのランチ」とかの話しだったら「結構高いね」とかって直観的にわかりやすいけど、何兆ドルとかって言われても全く実感がわかない。この金額規模を文脈に置き換えると、すでにCARES Actに加え、FRB(制度は異なるけど日本で言うところの日銀)の流動性確保策を通じて、連邦政府は8兆ドル以上のコロナ関連援助を規定している。アメリカのGDPって21兆ドルだから、8兆ドルでも度肝を抜く規模感。それに3兆ドルって、合計でGDPの半分~っていう凄い話し。アメリカが20世紀に使用したコンクリートの量を数年で凌駕してしまったというオバケのような人口14億人中国経済のGDP総計が2019年ベースで14兆ドル。8+3の11兆ドルの援助になると、総額で巨大経済中国の年間GDPに近づく金額だ。日本のGDPはみんなも知ってる通り(?)約5兆ドルだ。まだピンと来ない?だよね。

一方の共和党は、政府による長期的な支援ではなく最終的には個人の自由意志やハードワークに頼る方向なので、いつまでも手厚い失業手当を支給し続けるのは仕事に戻るインセンティブにならないとし、追加手当は半額の$300を12月27日まで支給すると同時に、ビジネスを再開し易くするため雇用主に対してコロナ関係の民事訴訟にかかわる法的責任免除、を規定した法案を提出。こちらも民主党のフィリバスターで却下され、結局7月末で失効した後、追加手当は規定されずに今日に至っている。ちなみにこちらの法案のプライスタグは3千億ドル。通常だったら目が飛び出る規模の法案だけど、3兆ドルに比べたら10分の1。また延長云々の話しはコロナ対策で特別に規定された「追加手当」の話しで、従来から存在する失業手当制度そのものがなくなる訳じゃない。念のため。

$600の追加支給が7月末で打ち切られた前後で、NYCの地下鉄は明らかに混み具合が違ったけど、$600がなくなって仕事に戻った人たちが多かった、ってことなんだろうか。

 

Profile

著者プロフィール
秦 正彦(Max Hata)

東京都出身・米国(New York City・Marina del Rey)在住。プライベートセクター勤務の後、英国、香港、米国にて公認会計士、米国ではさらに弁護士の資格を取り、30年以上に亘り国際税務コンサルティングに従事。Deloitte LLPパートナーを経て2008年9月よりErnst & Young LLP日本企業部税務サービスグローバル・米州リーダー。セミナー、記事投稿多数。10年以上に亘りブログで米国税法をDeepかつオタクに解説。リンクは「https://ustax-by-max.blogspot.com/2020/08/1.html

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