人間の指先の汚れとデバイスの冷たさと──対極性で描く写真アート
Out of Touch
カリーフ・ブラウダーが2年間入れられた独房の写真は孤独と絶望感が漂う作品に ARTWORK BY TABITHA SOREN
<アナログとデジタルの衝突が生み出す新たな表現の可能性と脅威とは?>
空の旅は、本を読むにはうってつけの時間だ。タビサ・ソーレンも5年前、iPadを取り出して読書をしようとした。と ころが頭上から照り付けるライトが反射して、読みにくくて仕方がない。文章よりも、画面に付いた指の跡のほうがずっと目につく──。
イライラしていたソーレンが、ふと気が付いたのはそのときだ。「ん? これってフランツ・クラインの抽象画みたいじゃない、と思った」と、ソーレンは当時を振り返る。「これは面白いことができるかもしれない」
90年代に『MTVニュース』のリポーターを務めて人気者になったソーレンだが、ここ10年ほどはアート写真家として第2のキャリアを築いてきた。
タビサ・ソーレン ARTWORK BY TABITHA SOREN
飛行機でのひらめきから2年、試行錯誤を重ねた末、ソーレンはiPad(やスマートフォン)に映っている画像を背景と して生かしつつ、画面上の指跡を効果的に浮き上がらせるスタイルを確立した。背景の画像は、ニュースサイトやSNSの投稿写真、動画サイトのキャプチャの場合もあれば、スマートフォンで撮った写真の場合もある。「こうしてみると、見たことのないような現代的な作品になった。どんどん進化するハイテク製品を使いこなすのに苦労しているときのような、かっこよさと葛藤が共存している」
ソーレンはベストセラー作家の夫マイケル・ルイス(映画化された『マネー・ボール』などで知られる)との間に3人の子供がいる。子育ての傍らでの制作活動は、間違いなくテクノロジーの進歩に助けられていることを彼女は認める。「もちろん葛藤はあるけれど」
このiPad画像+指跡シリーズの展覧会『サーフェス・テ ンション(表面張力)』が、マサチューセッツ州のウェルズリ ー大学デービス美術館で開かれている(6月9日まで)。
制作は骨の折れるプロセスだ。まず、箱形の大判カメラを三脚に据えフードを付けてiPadの画面を撮影する。このとき強烈な光を当てると、表面のベタベタした指跡が浮き上がる。
「フィルムを1枚1枚入れ替えなくてはいけないし、デジタルカメラではないから仕上がりを確認できない」と、ソーレンは言う。それからフィルムを現像し、デジタルスキャンして加工する。展覧会用の作品は、152×304センチに引き伸ばした。
出来上がった作品には、どこか見る者をぞっとさせる雰囲気がある。19世紀のイギリスの画家J・M・W・ターナーの風景画を思わせるような作品もある。実際、指でスワイプした跡が筆致のように見えるため、絵画だと思う人もいるようだ。「あるグループ展に1点だけ出品したら、最初は絵画だと思う人が多かったと、学芸員が教えてくれた」と、ソーレンは語る。
ソーレンはiPadなどに表示された写真と画面上の指跡を組み合わせて独特の形のアートを生み出した ARTWORK BY TABITHA SOREN
これはフィルムを使っていることと関係しているのではないかと、彼女は考えている。「一番絵画的な作品は、(ミズーリ州の)ファーガソンで起きたデモ行進の写真を使ったものだろう」と、ソーレンは言う。
アナログとデジタルを組み合わせる作業は、ワクワクするものだった。「それがこのシリーズのきっかけだったとは言わないが、大きな要因にはなった。人間は体毛があり、皮脂があり、涙をこぼす。一方、こうしたデバイスはすべすべで、完璧な形をしている。人間の指のベタベタした汚れと、デバイスの取り澄ましたような冷たさの対極性がとても気に入っている」