コラム

笹子峠越え 甲州街道の歴史が凝縮した「最大の難所」を歩く

2019年06月11日(火)15時45分

◆明治天皇の足跡

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笹子峠の途中にある明治天皇巡幸の碑

しばらく進むと、遊歩道沿いに明治天皇が行幸の際に休憩した邸宅があった場所に『明治天皇御野立跡碑』があった。実は、記事には書かなかったが、前回の「大月駅前→笹子駅」でも、中央自動車道大月インター近くの旧本陣跡に明治天皇が小休止したという碑があり、ここに至るまでの国道沿いにも、いくつか明治天皇巡幸の記念碑が立っていた。

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国道20号沿いの明治天皇行在所跡の記念碑=山梨県大月市・笹子駅近く

これらの記念碑は、明治13(1880)年6月16日から7月23日までの山梨県・三重県・京都府の巡幸の足跡を示すものだ。巡幸とは、平たく言えば天皇の諸国行脚のことで、明治天皇は、明治5年から18年にかけて、6回に渡って全国を巡幸している(明治天皇6大巡幸)。国の現状をじかに見聞し、国民を励ますのが目的だった。戦後世代により馴染み深いのは、戦後復興期の昭和天皇の全国巡幸であろう。平成の天皇陛下が重ねた被災地などへの慰問も記憶に新しい。

明治13年当時は中央本線の開業前だったから、天皇といえども、旧甲州街道ルートで甲府盆地に出るには笹子峠越えをしなければならなかった。当時の巡幸の移動手段は馬車、輿(こし)、船だったようで、笹子峠は輿で越えたと思われる。この遊歩道は山道にしては道幅が広く、よく整備されている印象だったので、巡幸の際に整えられた当時の名残なのであろう。

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よく整備された旧甲州街道の山道。明治天皇もここを輿で通った

◆戦国・江戸期と昭和の遺産

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笹子峠の名所「矢立の杉」

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「矢立の杉」の音声ガイド。ゼンマイ式のダイヤルを回すと、杉良太郎の『矢立の杉』が流れる

明治の史跡の先には、戦国時代の名残がある。笹子峠一の観光スポットになっている「矢立の杉」(山梨県天然記念物)だ。高さ28m、根回り14.8m、樹齢1000年以上とされる杉の巨木で、かつて武田の軍勢が出陣に際して、この杉に矢を射立てて富士浅間神社に祀り、戦勝を祈願したという伝説がある。江戸時代には、北斎や広重の浮世絵にも描かれている。

"伝説"は平成の世にも追加された。「杉」つながりで、俳優・歌手の杉良太郎さんが平成20(2008)年にCDシングル『矢立の杉』をリリース。この歌は、現地にある歌碑の横の手回しゼンマイ式音声ガイドで聴くことができる。矢立の杉は現在、幹の主要部分が空洞化し、甘皮一枚で命をつないでいる状態だ。杉さんは、その力強さに心を打たれ、男の友情を描いた自身初のプロデュース舞台公演『闇の身代わり地蔵』の脚本に、矢立の杉のエピソードを取り入れ、続いて歌も出したのだという。

「矢立の杉」から小一時間ほど歩くと、笹子峠の頂上だ。実はここに、JR、国道、中央自動車道の3本の笹子トンネルの陰に隠れた4本目の笹子トンネルがある。昭和13(1938)年に完成した『笹子隧道』で、現在は県道になっている旧道が通る。20年後の昭和33年に国道20号の『新笹子トンネル』が開通するまでは、こちらが甲府・松本方面と東京をつなぐ主要幹線道路だった。今も車で通過することができるが、すれ違いが困難な狭小トンネルだ。

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旧道の「笹子隧道」。行き交う車はなく、ハイカーが歩いて通過していった

◆「此の地を過ぐる者をして絶無ならしめ」たトンネル開通

ここまで歩いただけで、戦国〜江戸(矢立の杉)、明治(明治天皇巡幸碑)、昭和(笹子隧道)、平成(杉良太郎の歌碑)と、各時代を感じさせる名所旧跡があったのは、さすが「甲州街道最大の難所」である。この峠がいかに、人々の関心の焦点であり続けてきたかがよく分かった。笹子峠には、甲州街道の歴史が凝縮されている。

一方で、交通の主役が地下のトンネルに移っている現代の笹子峠は、「忘れられた土地」に成り下がってしまった感もある。先に通過した『明治天皇御野立跡碑』には、記念碑の除幕式での当時の笹子村長の祝辞からの抜粋として、次の一文が書かれている。

「過ぐる明治13年6月19日大帝本懸(県)御巡幸に際し、畏れ多くも此の地天野治兵衛家に御野立あらせられ、聖蹟を永久に残され給へりと雖(いえど)も、時代の変遷と文化の発達による中央線の開通は、此の地を過ぐる者をして絶無ならしめ、為めに聖蹟も又口碑に傳(伝)ふるに過ぎざりき」=( )内筆者

今、実務的な用事であえて峠越えを選ぶ人は文字通り「絶無」である。周辺に滝子山、大菩薩嶺といったよりメジャーな山域がある中では、ここを訪れる登山客も物好きの類と言える。この日も連休中だったにも関わらず、行き合ったハイキング・登山客はわずかであった。トンネル開通によって「此の地を過ぐる者をして絶無ならしめ」た結果の象徴が、序盤で見たあの「昭和のゴミ」なのだとすれば、寂しい話である。

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笹子峠を行き交う人の姿は今やほとんど見られない

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。

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