コラム

桜散る甲州街道 「俗界富士」が見える町へ

2019年05月09日(木)13時40分

◆日本の風景を広い心で受け止める「悟りの境地」を目指して

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桜・広告と標語の幟旗・電線・電柱・・・日本の風景は情報過多な空間で埋め尽くされている=山梨県大月市

そんな繊細な季節感で彩られた日本の風景は、一方で、桜などの美しいものと、電線・看板・ガードレールといった無粋なものが混在した情報過多空間である。普段の生活では、それら無粋な物体の存在を気にしない人、「視界には入っているが見ていない」という人が多いようだ。しかし、いつもより少しだけ風景に対して意識的になってほしい。カメラやスマートフォンのファインダーを通して見るとより分かりやすいかもしれない。日本の日常風景には、電柱などが邪魔にならない空間が非常に限られていることが分かるはずだ。

この旅のテーマは、平成から令和に、2010年代から2020年代に移行する変革期の日本の「ありのままの姿」を、まっすぐに受け止めることだ。写真においても、そこにある電柱などを意識的に避けずに、ありのままに画面に入れて、それをいかに「絵」にするかということをテーマにしている。しかし、異物を排除しないで受け入れるというオープンマインドな絵作りは、凡人が簡単に実現できるようなものではない。

日本の風景写真・スナップ写真愛好家の大半は、電線など無粋なものがない山岳地帯、離島、北海道の原野、はたまた電線の地中化が進んでいるヨーロッパの町並みなどにレンズを向ける。それほど、日常の延長にある日本の風景は、目で「良いところだけ」を見た印象のままに、写真で美しく表現することが難しい。僕は、この旅を終えるまでに、異物をひっくるめて「ありのままの日本」を受け入れられる、一種の悟りの境地に達することを目指している。

◆平成の日本を慧眼で捉えた『俗界富士』

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国道20号越しに新緑の山が見えた=山梨県大月市

作家・写真家、藤原新也の2000年の写真集『俗界富士』は、そんな現代日本の風景の無粋さを逆手に取った傑作だ。太平洋側の各地から富士山を捉えた写真集だが、藤原が凡百の"富士写真家"と違ったのは、富士山を電線などの無粋なものが写らない限られたアングルから「桃源郷」として捉えるのではなく、むしろ電線はおろか、「コンビニ」「ラブホテル」といった平成の俗世間のケバケバしい要素を積極的に画面に入れている点である。

藤原がそういう視点で富士を見直した直接の契機は、オウム真理教事件だったという。この事件の本質は、俗なものが聖なるもの騙り、真実を覆い尽くしていった欺瞞性にあると僕は思う。そんな事件が象徴する平成の日本のダークサイドを、『俗界富士』は、従来の"富士山写真"の固定観念を覆すことで見事に表現した。そして、オウム事件の後も、多くの「ニセモノ」が神輿に乗せられては消えていった。平成が間もなく終わる今も、相変わらずこの俗界にはニセモノが蠢いている。

「富士」という日本を象徴する存在に目をつけたのは藤原の慧眼だが、僕は自分なりに「今の日本の日常」=「歩き旅の途上にある地味で普遍的な事象」に目を凝らし、目の前の日本を愚直に受け入れていきたい。

◆中央本線最長の橋

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鳥沢駅の跨線橋を渡る=山梨県大月市

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桂川を渡る鉄橋を長い貨物列車が通過していった=山梨県大月市

次の鳥沢駅で跨線橋を渡り、谷底を流れる桂川の河川敷に下りた。中央本線に乗っていると、空を飛んでいるような気分になれる"天空の鉄橋"的な区間がある。今日は河川敷の土手から、その鉄橋を見上げる。線路を伝ってくるカタコトカタコトという音がだんだんと大きくなり、ガソリンタンクの貨車を連ねた貨物列車が通過していった。

この緑色の鉄橋の正式名称は「新桂川橋梁」と言う。中央本線最長の橋だということは、今回の歩き旅を終えてから改めて知った。1968年の供用開始ということだから、昭和から平成を経て、令和に受け継がれていく遺産である。「撮り鉄」(鉄道写真愛好家)御用達の撮影地であろうことは、その場に立ってカメラマン視点でロケーションを見てすぐに分かった。ただ、この日は平日だったからだろうか。マラソンランナーと地元のお年寄りに出会っただけで、鉄橋の周辺は、何か白昼夢を見ているような、静かで平和な空間であった。

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鉄橋周辺は出会う人もまばらな静かな空間だった=山梨県大月市

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中央本線最長の橋「新桂川橋梁」=山梨県大月市

◆集合住宅の「団地」と一軒家の「団地」

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丘の頂上付近にあった美しい集落=山梨県大月市

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菜の花香る集落にはまだ生活の臭いがあった=山梨県大月市

鉄橋下から再び高台に上がると、菜の花香る小ぢんまりとした集落が出現した。標高1000mクラスまでの低山が連なるこの地域では、こうした幹線道路から外れた高台に、思わぬ美しい集落が出現する。ここが、「限界集落」に相当するかは分からない。見たところ、少なくとも3分の1程度は空き家だったが、春の明るい陽光に照らされていたせいだろうか。僕には菜の花の香りと共に、まだ現役の生活の臭いが感じられた。

集落を過ぎると、丘の頂上付近に畑地が広がり、その先に突如として新興住宅地が現れた。地域によるが、地方では、このような一軒家が連なる丘の上の新興住宅地を「団地」と言う。一方、僕も団地育ちだが、そこは昭和スタイルのカステラ型の5階建てくらいの集合住宅が並ぶ、都市型の「団地」であった。だから、一軒家が集まる住宅地も同じように「団地」と呼ぶことを、僕は、新聞社の支局勤務で地方に赴任した20代前半まで知らなかった。

改めて調べてみると、<団地とは、1カ所にまとめて建設するために計画的に開発した住宅や工場のこと。住宅団地・流通団地・工業団地などがある。狭義的に使う「団地」とは、住宅団地のことが多い>(SUUMO住宅用語大辞典)とのこと。日本住宅公団(現UR)の「公団住宅」が語源と言われ、その典型が、僕が子供の頃住んでいたような4、5階建て、2DK・3DKの集合住宅である。なので、団地=カステラ型団地という認識はあながち間違いではなさそうだ。

一方の一軒家中心の新興住宅地を「団地」と呼ぶか否かについては、どうも地域性があるらしい。上記のように僕が初めて一軒家の「団地」の存在を知ったのは、岐阜県の飛騨地方であった。飛騨の中心都市の高山市では、有名な「古い町並み」を中心とした歴史的建造物が立ち並ぶ旧市街に対して、町外れの高台にある建売住宅などが並ぶ新しい住宅地を「団地」と呼んでいた。しかし、東京の田園調布や聖蹟桜ヶ丘のような大都市郊外の住宅地を「団地」とは誰も言わない。何が、どこが境目になっているのか、どうにもよく分からない。団地の定義の分布を徹底的に調べてみるのも面白いかもしれない。

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丘の上の新興住宅地。地方ではこのような住宅地も「団地」と呼ぶことが多い=山梨県大月市

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丘を下った所にあった集合住宅。都市部の「団地」のイメージはこちら=山梨県大月市

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。

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