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ノーベル賞

自然科学系ノーベル賞に根強い「白人男性偏重」

The Nobel Prize Diversity Problem

2020年10月16日(金)16時45分
マーク・ジマー(米コネティカットカレッジ教授〔化学〕)

昨年12月の授賞式後の晩餐会。女性やマイノリティーの姿は見当たらない ALEXANDER MAHMOUD/NOBEL MEDIA

<優秀な女性や黒人を冷遇する科学技術界と社会の時代錯誤な悪弊に終止符を>

2007年、筆者はスウェーデン王立科学アカデミーのノーベル化学賞の選考で助言した関係で授賞式に招かれた。受賞者と同じホテルに滞在し、「知る人ぞ知る」存在だった彼らが一躍「時の人」になるのを目の当たりにした。

例年10月上旬の発表直後から受賞者は世界中で講演に引っ張りだこ。12月の授賞式前後の1週間はスウェーデンの首都ストックホルムで取材攻勢に遭い、王室の人々と懇談。その様子がテレビ放映される。

科学者と彼らの研究が世間の注目を浴びることは喜ばしい。だが第1回から120年、自然科学系の受賞者623人のうち女性は3.7%、黒人はゼロで、圧倒的多数が白人男性だ。これは選考委員会だけでなく社会全体の問題だ。

ノーベル賞はスウェーデンのアルフレッド・ノーベルの遺言に基づいて創設された。現在は化学、物理学、医学・生理学、文学、平和、経済学の6分野で、第1回は1901年.受賞者は3人以内、生存中であることが条件とされている。

映画のアカデミー賞同様、発表前は受賞者予想が飛び交う。発表後は受賞者とその研究が徹底的に分析され、賞を逃した人々には同情が寄せられる。

自然科学系の受賞者は女性と黒人が極端に少なく、国別ではアメリカがずば抜けて多く中国は意外なほど少ない。

ノミネートは他薦のみ。選考過程は50年間伏せられるが、受賞者の顔触れを見れば明らかに一流研究機関勤務で、自己PRが得意で、仲間内で名を知られた研究者が有利。年配で定評のある白人男性になりがちなのは当然だろう。

それは選考する側も自覚し、2019年度からジェンダーや地域やテーマの多様性を考慮するよう推薦者に要請している。だが、この年の物理学賞、化学賞、医学賞の受賞者には黒人も女性もいなかった(今年は女性が物理学賞で1人、化学賞で2人受賞した)。

この旧態依然ぶりは一体どういうわけなのか。

固定観念も「足かせ」に

米国科学工学統計センターの2017年の報告によれば、白人男性はアメリカの総人口の3分の1だが、科学者全体の半数以上に上る。一方、同様に総人口の約30%を占めるマイノリティーは修士課程で14%、博士課程では6%。2017年はSTEM(科学・技術・工学・数学)を中心に十数の分野で黒人の博士号取得者がいなかった。全米の上位50校で化学の黒人教授の比率は1.6%。ノーベル賞では名門校での人脈と評価がものをいうのに。

黒人が少ない理由はさまざまだ。貧困、地域の教育機関の資金不足、良き手本や先輩の不在。ネガティブな固定観念で判断されるのを恐れて実力を出せなかったり、明らかに成功しているのに過大評価されていると感じる可能性もある。露骨な差別や無意識の差別的な言動も影響する。

人口の半数を占める女性もSTEMの多くの分野では少数派。ノーベル賞の女性受賞者は物理学賞が4人、化学賞7人、医学・生理学賞12人にとどまっている。

歴代受賞者の顔触れはSTEM分野の女性やマイノリティーへの偏見と格差を暗示する。大学の優遇措置は応急処置。ノーベル賞に多様性を求めるなら社会全体の経済・教育格差の解消が不可欠だ。

The Conversation

Marc Zimmer, Professor of Chemistry, Connecticut College

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

<2020年10月20日号掲載>

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