最新記事

北朝鮮

北朝鮮の若者が美貌の「文在寅の政敵」に夢中になってしまう理由

2019年6月14日(金)11時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※NKNewsより転載

自由韓国党のナ・ギョンウォン院内代表(写真は2013年の平昌五輪組織委員を務めた際のもの) Kim Hong-Ji-REUTERS

韓国の第1野党、自由韓国党。親米反北朝鮮を掲げる保守政党で、朴槿恵、李明博元大統領の政権与党(セヌリ党、ハンナラ党)だった。

現在はもちろん、左派の文在寅政権と鋭く対立しており、同政権が進める北朝鮮との対話にも批判的だ。

参考記事:【写真】元人気女子アナが韓国政府を猛批判「北が敵じゃないって...」

そんな自由韓国党に対して、北朝鮮の国営メディアは厳しい批判を続けている。

参考記事:【写真】文在寅批判の「美人過ぎる」野党議員...過去には「親日派」報道も

例えば、朝鮮労働党機関紙・労働新聞は今月6日、「天下逆賊の群れ『チャハンダン』に対する南朝鮮(韓国)民心の呪詛と憤怒」という記事を掲載、自由韓国党を「反民族的で反人民的な本性とファッショ気質、歴史と民族の前で犯した洗い流せない罪悪で、南朝鮮人民の呪詛、憤怒、排撃の対象」となっているとし、韓国各地で自由韓国党に対する反対運動が起きていると伝えている。

否定的なニュアンスを持つ略称「チャハンダン」(自韓党)を使っての連日の自由韓国党批判記事だが、北朝鮮の若者の間では当局の意図とは異なる形で受け止められていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

新義州(シニジュ)の情報筋によると、労働新聞が自由韓国党を批判する記事を連日掲載しているせいで、若者の間では同党に対する関心が高まっている。

「労働新聞の記事によると、自由韓国党の歴史は、自由党まで遡り、民主共和党、民主正義党、ハンナラ党、セヌリ党など服を着替え続けてきた政党で、反民族的、反人民的な保守逆賊一味と非難を強めている」(情報筋)

李承晩(イ・スンマン)、朴正煕(パク・チョンヒ)、全斗煥(チョン・ドゥファン)など韓国の過去の独裁政権や軍事政権にルーツを持つ自由韓国党だが、「若者が興味を持ってくれている」のは同党関係者にとって喜ばしいニュースかもしれない。

韓国の世論調査機関、リアルメーターが行った6月第1週の世論調査で自由韓国党の支持率は29.4%だった。しかし、年齢層別に見ると、支持率が与党の共に民主党を上回っているのは、60歳以上(43.1%)だけで、最もリベラルと言われる40代では19.5%で、与党支持率(51.1%)と約2.6倍、30代でも20.8%対47.8%で2倍以上差が開いており、若い層から人気がないのだ。

「労働新聞はまた、南朝鮮で自由韓国党を解体せよという闘争が光州やソウルから済州島にいたるまで拡大していると力説している」(情報筋)

そんな記事を呼んだ意識の高い北朝鮮の若者たちは、韓国に与党に負けず劣らぬ力を持った野党が存在し、野党の政治家が与党に対して事細かくいちゃもんをつけていることを不思議に思っているというのだ。

北朝鮮の事実上の唯一の政党である朝鮮労働党は、単なる政党ではなく、絶大な権力を持った統治機構そのものであり、一切の批判は許されない。一方で同じ「党」を名乗る自由韓国党は、文在寅政権と与党を激しく攻撃している。それに反発したリベラルや左派層は、自由韓国党が軍事政権の残滓で、積弊(長年積もり積もった弊害)そのものだとして批判している。

「南朝鮮の普通の人たちが政治権力機関である党組織の解体を要求し、自由に闘争を繰り広げていることも、わが国(北朝鮮)の社会とあまりにもかけ離れているという点で若者たちは一種の羨ましさを感じている」(情報筋)

つまり、労働新聞が自由韓国党を批判する記事を出せば出すほど、北朝鮮の若者らは韓国国内の政治状況を詳しく知るようになり、当局の意図とは逆に「韓国が羨ましい」と思ってしまうということだ。

もっとも、北朝鮮国民のすべてが韓国の政治状況に関心を持っているわけではない。平安南道(ピョンアンナムド)の別の情報筋は、「食べるのに精一杯な一般住民は労働新聞を読むことすらかなわないので、外の世界の報道に興味すら持っていない」と指摘する一方で、「党の細胞書記などの幹部、知識人、若者たちは労働新聞の6面に掲載された国際ニュースを注意深く読むなど、国内外の政治情勢に関心を持っている」と説明した。

「ソウルの光化門広場でろうそく革命が起きて、大統領が弾劾されたという記事が労働新聞に載ったときも、それを読んだ知識人、若者たちは衝撃を受けた。われわれにも言論の自由、集会の自由、自由な発言の自由が与えられれば、平凡な人民もより暮らしよい世の中にできるのかもしれないことに気付いたから」(情報筋)

ソウルの光化門広場に集まった百万人を超える市民の声が朴槿恵前大統領を退陣に追い込んだことも、憲法裁判所が朴前大統領の大統領の弾劾を認めたことも、北朝鮮では驚きを持って受け止められた。

ただ、上述の通り北朝鮮の一般庶民は韓国の政治状況にさほど関心を持たない。自由韓国党を批判することで、一部の人が韓国の自由な体制のことを知っても、体制維持には特に問題にならないと当局は踏んでいるのだろう。

※当記事は「NKNews」からの転載記事です。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

dailynklogo150.jpg



20240423issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月23日号(4月16日発売)は「老人極貧社会 韓国」特集。老人貧困率は先進国最悪。過酷バイトに食料配給……繫栄から取り残され困窮する高齢者は日本の未来の姿

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相会議、ウクライナ問題協議へ ボレル氏「EU

ワールド

名門ケネディ家の多数がバイデン氏支持表明へ、無所属

ビジネス

中国人民銀には追加策の余地、弱い信用需要に対処必要

ビジネス

テスラ、ドイツで派遣社員300人の契約終了 再雇用
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 3

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 4

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 5

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 6

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 7

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 8

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中