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「史上最高」の一曲を携えて、The 1975がまたまた進化し始めた

Genre-bending The 1975 Is Back

2020年06月26日(金)19時00分
ケリー・ウィン(ジャーナリスト)

『仮定形』は、前作の流れを完璧に受け継いでいる。しかし前作が作品コンセプトを力強く束ねる針金の玉だったとすれば、新作は毛糸の玉だ。片方の端がほどけたら全体がばらばらにほどけ、バンド自体を全く別のものに変えてしまいかねない。

熱心なファンが思い入れを持つパーツはそのまま残しつつ、それぞれの曲はファンがまだ知らない新しさがこのバンドにあることを予感させる。

その新しさは、単にヒーリーのむき出しのエゴがなくなったことで生まれたものかもしれない。彼は本誌に、『仮定形』は人生の巡り合わせに焦点を当てた作品だと語った。

「2作目は自分のエゴと、それをうまく乗り越えることがテーマだった。今の僕はあの頃とは別の場所にいる」

新作でヒーリーは実体験を掘り下げ、深みのあるイメージを紡ぎ出した。「以前より言いたいことが磨かれて、根源的になった。真実や愛、恐れや死を表現したくなった」

弱い自分もさらけ出した『仮定形』には、その思考の流れが透けて見える。

「僕はバンドで生きてバンドで死ぬのか」という問い掛けで始まるアコースティックな「プレイング・オン・マイ・マインド」では、「年を取ったら僕ら離婚するのかな」などと問いを重ねて未来を探る。

「アイ・シンク・ゼアズ・サムシング・ユー・シュッド・ノウ」では、メンタルヘルスと真正面から向き合った。精神の不調を赤裸々に語る姿勢はすがすがしく、アップビートで明るい曲調とのバランスもいい。

ヒーリーにとっては全て筋道が通っている。「アルバムには、僕にとって一番大事なことだけを入れた。でもそういうことは、わりと誰にとっても大事なんじゃないかな」

引きこもりや反社会性に触れた曲もある。昨年8月にシングルでリリースされたヘビーメタル調の「ピープル」では「外に出たくないから全部ここに持ってこい」と歌い、アマゾンなどの宅配に依存する今の生活を連想させる。もっとも昨年8月の時点でヒーリーがコロナ禍を予想できたはずはなく、本人も未来を予言したとは思っていない。

勝負の舞台はアルバム

「イエア・アイ・ノウ」には「時代が変わった気がする。僕はもう昔の自分じゃない」という一節もある。

時代は確かに変わった。衛生観念にせよ芸術にせよ、新型コロナ危機は確実に私たちに変化を迫る。音楽も社会の変化に応じて変わらざるを得ないと、ヒーリーは思う。

「9・11テロの頃、僕らはノラ・ジョーンズやジャック・ジョンソンを聴いた。安全な理想の世界に逃避したかったからだ。今度もそんな音楽が必要とされるかもしれない」

コロナ禍は9・11にも劣らないほどの傷を世界に残していると、ヒーリーは考える。

「9・11後は現実逃避が恐怖への対抗手段だった。でもコロナでは、僕らは地球レべルで攻撃されるのがどういうことなのかを知った。僕らみたいなバンドは今こそ、深いテーマに挑戦できると思う」

『仮定形』はイメージにとらわれず、ジャンルを超えて進化しようとするバンドの野心作だ。発表を遅らせてもこだわりを貫き、印象的なサウンドや歌詞が詰まったアルバムを届けた彼らを、ファンは歓迎するだろう。

この先、バンドがどう進化しようと「アルバムは出すだろうね」とヒーリーは言う。

「それが僕の表現だから。シングルも悪くないが、僕はアルバムだ。アルバムを作り続けたいな。画家がずっと絵を描き続けるみたいに」


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