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『パラサイト』を生ませた女──韓国映画の躍進を支えたある女性の奮闘記

The Power Behind Parasite’s Success

2020年2月19日(水)19時00分
ジェフリー・ケイン(ジャーナリスト)

『パラサイト』のアカデミー賞作品賞受賞に喜ぶ李美敬(中央) MARIO ANZUONI-REUTERS

<韓国映画が「4冠」を達成した裏側にはサムスン創業者一族につながる女性の長年の闘いがあった>

アカデミー賞監督賞の受賞が発表された後、『パラサイト 半地下の家族』の監督ポン・ジュノはスピーチでこう語った。「映画の勉強をしていた若い頃、心に刻み込まれた言葉があります。『最も個人的なことこそ、最もクリエーティブだ』というものです」。彼が尊敬する巨匠マーティン・スコセッシの言葉だ。

『パラサイト』は監督賞だけでなく、国際映画賞(旧・外国語映画賞)、脚本賞も獲得。さらに英語以外の外国語映画としては初めて作品賞にも輝き、最多の4冠を達成した。しかし、この作品を成功に導いたのはポンの才能だけではない。その裏には韓国有数の大企業の力と、その創業者一族につながるある女性の長年に及ぶ闘いがあった。

授賞式の後、小柄な韓国人女性の周りに人だかりができているのを不思議に思った参加者も多かったはずだ。彼女の名は李美敬(イ・ミギョン)。韓国の名門企業グループであるサムスンの経営者一族に生まれ、系列の映画会社CJエンターテインメントの副会長。『パラサイト』のほかにも数々の韓国映画のプロデューサーを務め、いくつもの賞に導いてきた。

「彼女は長年にわたり、陰で映画界を支えてきた1人だ」と、李をよく知る人物はアカデミー賞授賞式の後に語った。「ビジョンを描き、適切な人材を見つけ、韓国映画に今の成功をもたらしたビジネスの仕組みを築いた」

韓国を映画大国にする――1980年代までなら、そんなことを口にしても失笑を買うだけだった。1980年代の軍事政権は国民の「ガス抜き」のために、セックスと暴力とナショナリズムを盛り込んだ安っぽい映画を深夜に国営テレビで流していた。まともな映画が本格的に作られるようになるのは、1987年の民主化を経た1990年代初めのことだ。

こうして、映画をプロデュースするという夢を持つ人々に活躍の場が生まれた。当時の李は20代後半。ハーバード大学でアジア研究の修士号を取得し、同校で韓国語を教えていた。

そこで彼女は失望を味わう。アメリカの大学で韓国語の授業は人気がなかった。おしゃれと思われていた日本語や、役立ちそうな中国語に負けていた。「韓国文化を広めなくてはという義務感が、その頃に芽生えた」と、李は2014年に語っている。

スピルバーグとも衝突

タイミングは完璧だった。現代やサムスンといった財閥を築いた世代が1980年代後半から90年代に世を去り、次の世代の出番が来ていた。

民主化の後、中流層が増えていく国では安価な自動車や電子レンジばかりを作る時代が終わりを迎えるはずだった。本格的な経済成長を維持するには、音楽や映画などのソフト産業に力を入れる必要があった。

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