コラム

ネット文革時代の英雄侮辱罪は、文革時代の言論弾圧よりもひどい

2021年03月12日(金)16時30分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

China's Hero Contempt Charges / (c)2021 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<軍人への疑問や批判を許さないのは、将来の戦争への心理的準備なのか>

中国で改革開放が始まった後の40年間、華国鋒(ホア・クオフォン)は忘れられた人物だった。華は毛沢東が指名した後継者で、毛が亡くなった直後、最高指導者として一時的に栄光を手にした。が、のちに改革派の鄧小平に実権を奪われ失脚し、2008年に北京の病院で静かに人生の幕を閉じた。

なぜか先日、その華の生誕100年記念座談会が北京で盛大に開かれ、人民日報など官製メディアが大きく報じた。習近平国家主席が華を利用して江沢民や胡錦濤などの鄧派、つまり改革開放支持の後継者を否定し、自分の権威と正統性をアピールするためではないか──という分析もある。

習は明らかに毛のまねをしている。特にその言論統制は毛に決して劣らない。例えば先日、ある中国人ネットユーザーがSNSの新浪微博で、中印国境紛争での中国人兵士の死亡人数について、冗談交じりに個人の見解を投稿した。すると、彼は初の英雄侮辱罪適用で起訴された。

ある河北省の女性は武漢の新型コロナウイルスについて、実際の死亡事例を挙げてネットに長文投稿をしただけでデマ拡散の罪で逮捕され、懲役6カ月の判決を受けた。

アメリカに留学している19歳の中国人の若者は、中印国境紛争で亡くなった中国人兵士に対する過激な発言で同じく英雄侮辱罪とされた。本人がアメリカにいて逮捕できないため、代わりに中国の実家が捜索され、両親が連日警察署で尋問された。

「文化大革命時代は反共産党や反毛沢東という反革命罪があったが、反英雄という罪は初耳だ。今の言論弾圧は文革時代よりひどいではないか」という匿名のネット投稿がある。

軍人に対して英雄としての賛美しか許さず、疑問や過激な批判を厳しく処罰するのは、軍人の士気を高めるためだろう。華を賛美することも同じで、全て習政権を強固にするための権威と正統性の自己宣伝にすぎない。

軍人を賛美するのは戦争時代だ。英雄侮辱罪は将来の戦争への心理的準備ではないか。そのうち文革時代に英雄軍人と大いにたたえられた「雷鋒(レイ・フォン)」の21世紀版が現れるかもしれない。

【ポイント】
華国鋒

1976年、周恩来の死去後に首相代行に就任。毛沢東に後継指名され、毛が死去すると文化大革命の中心だった「4人組」を逮捕したが、復権した鄧小平との闘争に敗れ80年に失脚した。

雷鋒
人民解放軍の英雄。湖南省生まれ。入隊後、配置された輸送隊で作業中に頭を強打し22歳で死亡。死後に毛沢東ら指導者の言葉を記した日記が発見され、理想的軍人に祭り上げられた。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン大統領、16年ぶりにスリランカ訪問 「関係強

ワールド

イランとパキスタン、国連安保理にイスラエルに対する

ワールド

ロシア、国防次官を収賄容疑で拘束 ショイグ国防相の

ワールド

インドネシア中銀、予想外の利上げ 通貨支援へ「先を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 6

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 9

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 10

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story