コラム

スウェーデン中国人観光客「差別事件」で、中国が支払った代償

2018年10月11日(木)18時20分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/唐辛子(コラムニスト)

(c) 2018 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<中国は事実から逸脱した主張で不信感を深めただけでなく、世界的な評判まで落としてしまった>

9月15日、人民日報系のタブロイド紙・環球時報に「中国人観光客がスウェーデン警察に乱暴に取り扱われ、家族3人は墓場に捨てられた」という記事が載った。

記事によると、スウェーデンに旅行に行った中国人の親子3人は予定より早く深夜に首都ストックホルムのホテルに着いたのでロビーで休もうとしたが、ホテル側に拒否された上に警察に乱暴に引っ張り出され、墓場に連れていかれ放置された。両親はスウェーデン警察に殴られ、父は心臓病の発作も起こした......と、曽(ツォン)姓の息子が駐スウェーデン中国大使館に通報した。

大使館は警察の乱暴さに驚き怒り、スウェーデン政府に調査と謝罪を要求すると表明した。

これは明らかな差別事件だ! 怒った中国人たちの罵倒が駐中国スウェーデン大使館のホームページやSNSに殺到した。

ただし、その後、中国人の怒りの矛先は180度変わって親子3人に向けられた。ホテル側が態度を一変させたのは、別のホテルを探しに街に出た曽が、街頭で出会った若い中国人女性を「夜1人で歩くのは危ないから」と、勝手にロビーに連れてきたからで、曽ともめて脅されたと感じたホテル側が、警察を呼んで一家を追い出したことが分かったためだ。

スウェーデン政府が調査した結果、警察側に過失や違法行為、暴力がなかったことも判明。さらに現場の映像がネットに流出すると、中国の人々は「これは完全に当たり屋じゃないか!」と啞然とした。警察に運び出された曽が、わざと自ら地面に倒れて大声で「殺人だ!」と叫んでいた。

中国大使館や中国の官製メディアが曽の言い分をうのみにして外交事件に発展させたのは、おそらくチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の先日のスウェーデン訪問や、中国の人権問題をよく指摘するスウェーデン政府への報復だろう。

事件後、当たり屋を意味する「Pengci(碰瓷、ポンツー)」という中国語のスラングが英語で世界に知られるようになり、スウェーデンのテレビ局は中国人をお笑い草にする番組まで作った。民意をあおる目的の、事実から逸脱した記事で自国民への不信感を深めただけでなく、世界的な評判まで落としてしまった。「過剰反応」した中国にとって高い代償だ。

【ポイント】
禁止大便、中国外交部、环球时报、中国驻瑞典大使

それぞれ「大便禁止、中国外務省、環球時報、駐スウェーデン中国大使」の意味

中国人をお笑い草にする番組
スウェーデン公共放送SVTが事件後に放送した風刺番組の演出で、「所構わず大便するな(禁止大便)」などと中国人を揶揄した

<本誌2018年10月09日号掲載>

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story