コラム

四川大震災の「震災日」に政府への感謝を迫る中国

2018年05月24日(木)17時40分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/唐辛子(コラムニスト)

(c)2018 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<学校の校舎が倒壊して多くの子どもたちの命が奪われたが、中国政府は手抜き工事の責任追及もしていないし、真相も明らかにしていない>

2008年5月12日現地時間14時28分、四川省アバ・チベット族チャン族自治州汶川県で大震災が発生した。中国政府によると、死者6万9000人、負傷者37万4000人で1万8000人が行方不明。莫大な被害の中で、最も注目されたのは生徒たちの被害だった。「豆腐渣工程(手抜き工事)」の横行で、学校校舎の倒壊が四川省だけでも6898棟に上った。しかし、生徒の死者数は政府の数字が時期によってばらばらで一致しない。

08年に公表された死者数を調べると、5月21日6376人、5月26日4737人、8月21日5659人と二転三転。11月21日に四川省副省長が1万9065人という数字を発表したが、その後、うっかり言い間違えたと釈明した。生徒の死者数の詳細は今も謎のまま。彼らの名前も残されていない。

しかし10年後の現在、汶川県政府は「5.12震災日」を「5.12感恩日」に決定した、と発表した。「国家と社会のおかげで今の汶川は新しく再生した。党と国家の大きな愛に比べ、われわれは小さくて取るに足らない。国家に感謝しよう」。国家はこんなにたくさんの財力で被災地を支援したのだから感謝すべき......。つまり、「5.12感恩日」は被災地の地元政府から国への愛の告白なのだ。

だが、手抜き工事でわが子を失った親たちも感謝しなければならないのか。子供は親の宝物。特に大震災の当時、中国はまだ一人っ子政策の時代。大事に大事に育ててきたわが子が、手抜き工事で命を奪われた。しかも10年後の今も、政府はこの手抜き工事について一切の責任追及もしていないし、真相も明らかにしていない。もちろん賠償金もない。

「5.12感恩日」を公表した当日、中国のネット世論はかなり騒がしくなった。これほどたくさん被害者が出た大震災の記念日を、こんなに簡単に「感恩日」に変更できるのか。「あなたたちの良心は痛くないの?」と、中国のネットユーザーたちは詰め寄った。

10周年忌の当日、手抜き工事によって倒壊した校舎の跡地に、200人余りの遺族が集まった。「子供たちの命が奪われた本当の元凶を究明するまで私たちは諦めない」と、1人の母親は香港のテレビ局の取材で語っていた。

【ポイント】
豆腐渣工程

豆腐渣(トウフチャー)は中国語で「おから」。コストカットのため、強度不足のコンクリートなどを使う工事が中国では横行していた

一人っ子政策
人口の急増を防ぐため、夫婦の子供を1人に制限する政策。79年に始まったが、急速な高齢化と性別人口の不均衡を招き15年末に廃止

<本誌2018年5月29日号掲載>

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独消費者信頼感指数、5月は3カ月連続改善 所得見通

ワールド

バイデン大統領、マイクロンへの補助金発表へ 最大6

ワールド

米国務長官、上海市トップと会談 「公平な競争の場を

ビジネス

英バークレイズ、第1四半期は12%減益 トレーディ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story