コラム

放火事件を起こし火刑に処された少女「お七」と、死者への供養というテーマ

2019年06月06日(木)20時25分

千代田の代表作の1つ、「八百屋のお七」はまさにその例だ。たまたま人形館で出会った人形が、江戸時代、恋人に会いたい一心で放火事件を起こし、火刑に処された16歳の少女お七の人形だったのである。

お七に魅かれ、彼女の物語を扱った井原西鶴の書を読む。だが、より感動を覚えたのはお七の死後、彼女のためにほぼ生涯をかけて巡礼した恋人、吉三だった。その行為に「大切な人に残される」とはどういうことかを考え、その感覚に共感し始めたのである。悲しみがテーマなのだ。

実際、千代田自身、2001年からはアルツハイマー病になった母の介護をし、2009年から2015年の間に続けて両親と大切な友人たちの死を経験している。それらに触れ、千代田は「過酷な運命、私たちの非力さ、いつかは誰でも迎える避けられない死、判っていてもどうしても折り合えない気持ちとの葛藤、そうしたものを今までになく考えるようになっていた」と言う。

また、2011年の東日本大震災は、2万人近い犠牲者(行方不明者を含む)を出しただけでなく、残された人々も多く存在する。あの震災もまた、彼女の作品作りに大きな影響を与えたのだという。

「八百屋のお七」をさまざまな形で洞察したことは、「弔うとは何か」を彼女自身に問うことにもなった。とりわけ、母親の死を通して――。それがここ最近のプロジェクトである「Starting a New Journey」の主題だ。

「死者への供養とはなんだろうか......人は生きている時は他人であるが、亡くなった途端、他者という実体はなくなり、自分の記憶の中に存在するものとなる。いわば、死者は記憶というかたちで自分の一部になるのではないか。もし、それが折り合いのつかないものであっても、死者に対する思いというのは、自分との葛藤であり、その葛藤を抱えて生きて行くことが弔うということなのではないか」

ダークな感覚が漂う。だが千代田は続けて、そのステートメントをこう締めくくっている。

「そう自覚した時、母との記憶を抱えて生きるというより、むしろ自分に同化されたような感覚があった。そして、不思議な孤独感を感じた。それはこれまでにないもので、悲しくもあったが、新たな旅を始める前のような高揚感にも似ていた」

作品の底流には、悲しみと弔いの向こうに永遠の愛の確認があるのかもしれない。


今回紹介したInstagramフォトグラファー:
Michiko Chiyoda @michiko_chiyoda

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プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

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