コラム

3.11から10年、迷走する日本のエネルギー政策

2021年03月11日(木)15時50分

福島第一原発の事故以降、混乱が続く日本のエネルギー政策の出口はいまだ見えない Sakura Murakami-REUTERS

<脱炭素への転換を迫られるなか、日本に残された選択肢は限られている>

2011年3月11日の東日本大震災から10年の歳月が流れました。震災と津波の悲劇はまだ生々しいものがあります。同時に福島第一原発の事故が起こした日本のエネルギー政策の混乱は、ここへ来て新しい段階に入っていると考えられます。

原発事故に関しては、事故の結果として線量を浴びて、直接そのために亡くなった人はいません。また事故の本質は、全電源喪失による冷温停止失敗という具体的な事故であり、震災の揺れによる配管や構造物の破損が起きたわけではありません。また、世代の新しい福島第二や女川で過酷な震度に直撃されたにもかかわらず安全な冷温停止ができたことは、軽水炉技術の安全性を証明したとも言えます。

ですが、事故の結果としてもう1つの巨大な現実が生まれました。それは、人間は直感的に理解のできない、未知なるものには強い警戒心を抱くという性質です。これは人間という種の持っている危険回避の本能に根差しており、誰もこれを批判することはできません。

原子力技術については、元素周期表に親しみ、重金属の核分裂反応による放射線の発生の原理、そして人体に対する放射線の作用などを理解することで、この本能的な忌避感情を残り超えて、原子力の平和利用におけるリスクと効果の議論に入ることはできます。

脱炭素社会への変革

だからといって、物理学と化学のリテラシーがないことで生まれる本能的な忌避感を否定することはできません。なぜなら、有権者の全体にそのような教育を施してこなかった責任は政府にあるからです。それ以前の問題として、危険回避の本能的な心情を否定するということは、否定された立場からすると、自身の安全確保の権利を否定されたことになるからです。

いずれにしても3.11は、日本のエネルギー政策における原子力の平和利用という選択肢に強いしばりを残しました。けれども、エネルギー政策という問題では、近年の情勢には新しい進展があります。

それは、菅政権が脱炭素社会を掲げたということです。そうなれば、化石燃料の使用は止めなくてはなりません。火力発電を止め、ガソリン車を止めるとなれば、水素の輸入しか道はなくなります。太陽と風力には日本の電源を支える能力はないからです。

具体的には、政府としては豪州に大規模な水素分解工場を作ってもらって、そこから専用船で日本に液体水素を運ぶ計画があります。すでに液体水素の運搬船開発のプロジェクトは進んでいます。豪州ではどうやって液体水素を生成するかというと、エネルギー源には褐炭という最低品質の石炭を使用します。もちろん、水から水素を分解するにあたっては、二酸化炭素が出ます。

計画では、この二酸化炭素は地層内に永久的に埋設処分することになっています。核廃棄物の地層処分に似ています。ですが、半減期を経ることで無害化してゆく核廃棄物と違って、文字通り永久となる二酸化炭素の埋設を他国に依存するというリスクは大きな不確実性を残します。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ジュリアーニ氏らアリゾナ州大陪審が起訴、20年大統

ビジネス

トヨタ、23年度は世界販売・生産が過去最高 HV好

ビジネス

EVポールスター、中国以外で生産加速 EU・中国の

ワールド

東南アジア4カ国からの太陽光パネルに米の関税発動要
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story