コラム

チップ制廃止の「失敗」で揺れるアメリカの外食業界

2018年05月15日(火)19時20分

チップ廃止の試みは思うように進んでいない studiocasper/iStock.

<アメリカの外食サービスでわかりにくいチップ制度を廃止しようという動きがあるが、最低賃金やハラスメントなどの問題がからんでうまく行っていない>

2014年前後からニューヨークやサンフランシスコなどの高級レストランでは、アメリカで長く根付いていた「チップ制」を廃止する動きが始まっていました。その背景には様々な理由があります。

1)サービスの質によってお客が金額を決めるチップ制では、従業員の収入が安定しないので固定給100%にした方が、人材が定着するであろうこと。

2)一部の悪質な店などで、100%サービス要員に還元すべきチップを店側が横領していた例もあり、業界の透明性を高めたい。

3)客にしてみれば、チップ金額の計算が面倒なのでチップ込みの金額の方が親切。

4)チップ制のない国からの訪問客が、チップを払い忘れるトラブルが増えていたが、これを避けるため。

といった理由が、廃止の背景にはありました。最大の理由は1)で、従来はアメリカの多くの州の最低賃金制度では、「チップ分配後の金額を入れて最低賃金をクリアしていればいい」ということになっていたので、チップを廃止して固定給にした方が、従業員の処遇改善にもなるという期待があったのです。

ところが、多くの店はこの「チップ制廃止」の結果を失敗と判断して、静かに従来のチップ制に戻りました。そこには2通りの原因がありました。

1つは、従来のチップ分を固定給に上乗せして、例えばNYの高級店などでは時給25ドル(2600円程度)までアップしたのだそうですが、公明正大に固定給にしてしまうと、連邦(国)の所得税源泉徴収がされ、州の所得税源泉徴収に、さらには社会保険料も引かねばならなくなった結果、従業員からは「手取りが減った」という不満が出たのだそうです。

レストラン業界、特にホールの現場というのはキャリアの谷間で生活のために働く人などが多く、「公明正大に納税義務を果たす」よりも「毎回の手取り額」が大事という働き方をする人が多いこともあり、結果的に「チップ制廃止店」では人材が集まらないということも起きました。

2つ目は消費者に与える印象です。2000年代に入って、チップの率というのは15%とか18%という相場がジリジリと上がって、20%が普通になっています。ですから、その分を「上乗せ」するとなると、レストランのメニューにある定価も20%近く上げなくてはなりません。例えば中級店の場合で、35ドルのステーキがいきなり42ドルになるというわけで、「チップを払わなくていいので同じこと」だと頭で分かっていても、心理的に嫌悪感が出てしまい結果的に客足が遠のいてしまうということもありました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは154円前半、中東リスクにらみ乱高

ビジネス

日産、24年3月期業績予想を下方修正 販売台数が見

ビジネス

日経平均は大幅反落、1000円超安で今年最大の下げ

ワールド

中国、ロシアに軍民両用製品供給の兆候=欧州委高官
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story