コラム

ニューヨークでコロナ陽性率再上昇――この街はもう、あの頃には戻れない(大江千里コラム)

2020年09月30日(水)15時30分

山荘での「新しい日常」は未来に向かう一歩 SENRI OE

<ニューヨーク市では9月29日、コロナ検査の陽性率がこれまでの1~2%から3.25%に上昇。第二波の到来が懸念されるなか、大江千里氏が実践する、見ず知らずの人と触れ合わず、いたい人とだけいる時間の作り方とは――>

日本では「都道府県をまたぐ移動自粛」の是非が話題になるようだが、僕が住むニューヨーク州は、感染が拡大している地域から州内への移動者に対して14日間の隔離を要請している。ニューヨークに住む人が対象州に移動して戻ってきた場合も同じ。

つまり州をまたぐ移動は何かと面倒なので、ニューノーマルな暮らしの一環として、ニューヨーク州の自然の中に家を借りて気分転換することを実験的に始めてみた。

今回3泊するメンバーは、僕とマネージャー、彼女の息子フィルとガールフレンドのローラの4人。ニューヨークといえば摩天楼のイメージが強いが、一歩マンハッタンの外へ出るとワイルドな自然がふんだんにある。

僕たちが滞在するのは州中部にある標高1000メートルを超えるキャッツキル山地。ニューヨークの金持ちが別荘を持つ避暑地でもある。そんなオーナーの1人から一軒の山荘を借りて車を交代で運転し、3時間弱のドライブで到着した。

「センリ、マスクは必要ないよ。僕たちは今日のために3日前にPCR検査を受けて陰性だったからね」とフィル。シャンパンを開けて乾杯したら、それぞれがソファやデッキで持ってきた仕事にいそしみ始めた。

「BBQは4時スタート」! みな時間ぴったりに仕事を投げ出して準備に取り掛かる。ステーキ、ソーセージ、魚、野菜、ハンバーガー、ホットドッグ。僕は内心「この量を3日で食べ切れるのかな?」と不安だったが、空気の澄んだ屋外での食事に食欲は全開に。この1回のBBQで全ての食材がなくなった。

一番近いスーパーまで車で1時間。満腹になったおなかをさすりながら、さっそく翌日の買い出し計画を練る。ニューヨーク市内ではちょっとした外出にも緊張感が伴うが、自分たち以外誰もいない場所はいい。

フィルとローラは翌日射撃に出掛けたが、マネージャーはパソコンで仕事。僕は愛犬「ぴ」と雨の降る窓の外を眺め、ベッドで一日ゆっくり過ごす。夕方散歩に出ると、森の中で鹿を見た。向こうも一瞬びっくりしていたが、尻尾を振って出迎えてくれた。

PCR検査はマックで買い物するような感覚

新型コロナウイルスのエピセンターとなったニューヨークではリモートワークが浸透し、これからはもう、大勢の人がひと所に集まるという設定は仕事でもプライベートでもなくなるだろう。僕の歌詞にあったような「群衆の中で」人波に流されていく場面などもうイメージできないほど、世の中はガラリと変わるのかもしれない。

だけど、最小限の接触とリーズナブルな防衛手段で、今までにないような新しい文明が生まれることもあり得る。見ず知らずの人と一切触れ合うことなく、いたい人とだけいる時間のつくり方。

おまけにPCR検査は、ニューヨークじゃ何度やってもタダ。マックで買い物するように気軽に受けられるから、これをパスポートにネクストステージの生活様式の振れ幅をいろいろ模索するのも「あり」だなと思った。

短いステイを終えて山荘を去るときにふと振り返ると、今までの全てに後戻りのできない「未来」へ向かうのだなと、去り難い気持ちと相まって胸がキュンとした。

<2020年9月22日号掲載>

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ病院敷地内から数百人の遺体、国連当局者「恐怖を

ビジネス

中国スマホ販売、第1四半期はアップル19%減 20

ビジネス

英インフレ率目標の維持、労働市場の緩みが鍵=ハスケ

ワールド

ウクライナ、海外在住男性への領事サービス停止 徴兵
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story