コラム

圧倒的な緊迫感で「シリア」のメディア戦争を描く『ラッカは静かに虐殺されている』

2018年04月13日(金)19時00分

「空爆では正せない。ISを倒しても正せない」

家族や仲間を殺され、常に命の危険にさらされていれば、授賞式で打ち解けられないのも当然といえる。だが、この映画の構成には、そうした試練とは別の意味も込められているように思える。

RBSSの活動は確かに成果をあげてきたが、その先に展望が開けているわけではない。彼らが戦っているのはイスラム国だけではない。たとえば彼らは、ラッカがアサド政権派の戦闘機に攻撃され、壊滅状態に陥るニュースも配信する。そこには、「ISテロリスト数百のために市民数千人を犠牲にするとは」という住民の言葉が盛り込まれている。一方、ドイツで活動するメンバーたちは、移民排斥運動の高まりを目の当たりにする。

スポークスマンのアジズはある講演でこのように訴える。「ラッカの教訓は、一つの組織が倒れてもすぐ次が台頭する。人は自由と安全を求め、そのどちらも得られない世界では、繁栄を約束する組織に取り込まれます。空爆では正せない。ISを倒しても正せない。国民のための政府が必要です」

ラッカの実情を国際社会に伝えることはできても、世界を動かすことは容易ではない。ちなみに、授賞式の会場でRBSSのメンバーと対面したある人物は、笑いながら「どこも状況はひどい」と語っている。

「幽霊の街になった。だが、昔もこれからも我々の故郷だ

この映画には、そんな展望が開けない状況のなかで、メンバーたちがどのような心理状態にあるのかを示唆する場面が盛り込まれている。

アジズの弟は、ラッカから兄に情報を送り、その後、密航船で出国しようとして海で亡くなった。アジズは、そんな弟のフェイスブックにメッセージを送り、心が折れそうだと伝える。ハムードは、ISの追跡から逃れたものの、代わりに父親が逮捕され、殺害された。ハムードと彼の弟は、それぞれにISが後に公開した父親の処刑の映像に見入り、自身を鼓舞する。妻とともに出国したRBSSのリポーター、モハマドは、結婚式や仲間の映像を見つめ、感慨に浸る。

そこで思い出されるのが、この映画の導入部だ。アジズのスピーチから過去へとさかのぼるとき、最初に浮かび上がるのは「City of Ghosts」というタイトルだ。そして、こんなナレーションがつづく。


「これはラッカの物語だ。忘れ去られたシリアの街。ISの首都として有名になり、幽霊の街になった。だが、昔もこれからも我々の故郷だ」

RBSSのメンバーたちは、死者を通してラッカと繋がるしかない。展望を見出せない彼らは、幽霊の街に閉じ込められているともいえる。この映画は、現代のメディア戦争を異様な緊迫感で描き出すだけではなく、故郷を喪失したディアスポラの複雑な心理も炙り出している。


『ラッカは静かに虐殺されている』
2018年4月14日(土)アップリンク渋谷、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
(c)2017 A&E Television Networks, LLC | Our Time Projects, LLC

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA

ビジネス

根強いインフレ、金融安定への主要リスク=FRB半期
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 6

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story