コラム

米シアトルで抗議デモ隊が「自治区」設立を宣言──軍の治安出動はあるか

2020年06月15日(月)10時51分

憲法論議はともかく、実際には軍の投入は難しいだろう。
やはり人種差別への抗議をきっかけに広がった1992年のロス暴動では3000人の州兵が治安出動したが、今回はその時より政府にとって介入のリスクが高い。


ロス暴動の際、軍の部隊が展開した後、25人の死者と600人の負傷者を出した。今回の場合、全米で広がる抗議デモにはトランプ政権が強調するように極左アンティファだけでなく、重武装した極右ブーガルーも合流している。公権力への反感が強いブーガルーは内戦による社会の転換を目指しているといわれる。

そのうえ、トランプ政権のバー司法長官は、白人警官による黒人暴行事件をきっかけにしたロス暴動の際、ブッシュ政権下で検事総長を務めていた因縁もあり、デモ隊からの憎悪の対象になりやすい。

つまり、軍を投入することで衝突が大規模になるリスクは、ロス暴動の時より高いとみてよい。

大統領選挙の年に

1992年のロス暴動と今回の抗議デモは、奇しくもどちらも大統領選挙の年に発生した点で一致する。ロス暴動での対応をめぐり、当時のジョージ・ブッシュ・シニア大統領はビル・クリントン候補に格好の攻撃材料を与え、これが結果的に選挙に敗れる一因になった。

ただでさえコロナ対策で失点の目立ったトランプ政権にとって、仮に国内で軍事衝突となれば、再選がこれまで以上に難しくなる。

かといって、放置すればトランプ大統領の嫌う「弱腰」イメージにもなりかねない。

抗議デモ隊は自らの立場を守るためにアメリカ政府を交渉の場に引き出すこと自体を目的とする北朝鮮政府とは異なる。形だけの威嚇や交渉だけで片付けられないという意味で、トランプ政権にとってはこれまでにない難敵といえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国の対ロ支援、西側諸国との関係閉ざす=NATO事

ビジネス

NY外為市場=ドル、対円以外で下落 第1四半期は低

ビジネス

日本企業の政策保有株「原則ゼロに」、世界の投資家団

ビジネス

米国株式市場=下落、予想下回るGDPが圧迫
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 3

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 4

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story