コラム

世界に広がる土地買収【前編】──中国企業による農地買収を活かすには

2018年03月08日(木)15時50分

農地の買収に関しても、2009年の法改正で、農業を行うこと、周辺の農地利用に支障をきたさないこと、効率的に利用することなどの原則に基づき、転売や転貸を禁じるなどの規制はあるものの、国内外の個人・法人が農地を保有すること自体は自由になりました。

ところが、外国人が所有する農地を体系的に把握することは困難です。北海道などで「水源地帯が外国人に買われた」と一時話題となった森林の買収に関しては、農林水産省が外国人所有の調査結果を発表しています。それによると、2017年段階、全国で29件、202ヘクタールの山林が外国人の所有で、そのうち25件、201ヘクタールは北海道のものでした。29件のうち、所有者の現住所が香港を含む中国のものは8件。ただし、所有者の現住所がヴァージン諸島やセーシェルなど租税回避地(タックスヘイブン)のものも7件あり、このなかにも中国企業は含まれるとみられます。

いずれにせよ、農水省は農地に関する同様のデータを発表しておらず、その買収に関する全貌は不明です。

オーストラリアの現実主義

農地に限らず、中国企業による土地買収に懸念があることは、不思議ではありません。宅地の場合、海外企業の投機が続けば、都市部での住宅難に拍車をかけることになります。また、水源地帯など多くの人々の生活にかかわる土地となれば、なおさらです。さらに、土地の最終処分権まで外国企業に委ねることは、安全保障の観点からも不安の大きいものです。

農地所有の規制が強化された際、中国政府は「中国企業の投資にとって、開かれた公正な環境を求める」とオーストラリアを批判しました。しかし、中国では外国人の土地保有が基本的に不可能で、貸し出し(リース)が中心です。世界貿易機関(WTO)の「相手がしてくれたことと同じことを返す」という互恵主義の原則に照らせば、中国が外国人の土地保有に制限を加えている以上、それ以外の国だけが中国企業の土地買収に便宜を図らなければならない筋合いはないはずです。

ただし、その一方で、少なくとも日本の農地に限ってみれば、中国企業による投資を警戒するだけでは生産的でないといえます。

過疎化や離農の拡大を背景に政府は農業の法人化を進めていますが、地方や農村が地盤沈下しつつあるなか、国内企業だけでこれをまかなえるのか、心もとないといわざるを得ません。移民政策がなくても現実に2016年段階で外国人が人口の1.8パーセント(238万人)を占め、永住者は72万人を突破。農業においても外国人労働者が不可欠になっている現在、「すべて国内でまかなう」という発想そのものが現実逃避とさえいえます。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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