アントとジャック・マーは政治的にヤバいのか?

中国の金融当局を批判した後、公に姿を見せていないジャック・マー(写真は2018年9月) Aly Song-REUTERS
<ジャック・マーの政府批判が習近平の逆鱗に触れたからアント・グループの上場が延期されたという「通説」は考え過ぎ?>
昨年11月にアリババ集団傘下の金融サービス会社、アント・グループが上海と香港の株式市場で予定していた株式上場が突然延期となった。アント・グループは新規株式公開(IPO)によって3兆6000億円程度の資金を調達すると見込まれていただけに衝撃は大きい。
新聞報道によると、アリババの創業者でアント・グループの大株主でもある馬雲(ジャック・マー)は10月下旬に、中国政府の金融規制が時代遅れだと痛烈に批判した。それが習近平国家主席の目に触れて怒りを買い、上場延期に追い込まれた――という説がまことしやかに伝えられている(張[2020]、福島[2021]、野口[2020]など)。
ジャック・マーは昨年11月以来、公の場に姿を見せておらず、政治的に「ヤバい」のではないかともいわれている。マーが姿を見せない理由は不明であるものの、その答えは遠からず明らかになるだろう(注:本稿の第1稿を発表した1月20日午後、マーは農村の教師を表彰するオンラインのイベントに登場し、無事が確認された)。
一方、マーの政府批判が習近平の逆鱗に触れたからアント・グループの上場が延期されたという説については、私としてはそれを否定する根拠を持ち合わせているわけではないものの、別にそんな珍説を持ち出さなくても、上場延期の理由は十分に説明できるのではないかと思う。
習近平は関係ない?
中国の金融規制当局は、アント・グループのビジネスはリスクが大きく、中国版のサブプライム・ローン問題を引き起こしかねないと見た。そこで当局は上場が迫ってきた段階で規制強化の方針を打ち出した。これにより、アント・グループは事業の将来が見通せなくなったため上場延期のやむなきに至った。
ジャック・マーの政府批判も、金融当局が規制強化を模索するプロセスで飛び出したもので、その発言があったから上場が延期されたわけではなく、マー発言と上場延期はいずれも規制強化の結果である――中国での新聞報道からはこのような展開だったことが読み取れる。私はこの説明で十分納得できるので、別に習近平を持ち出してくる必要はないように思う。
要するにアント・グループが政治的にヤバいというよりも、そのビジネスモデル自体がヤバいことが上場延期の理由だと思われるのである。
詳しくは本稿の最後の方で説明するが、その前にまずアント・グループのこれまでの発展を振り返っておこう(廉ほか[2019])。
アントの歴史は、2003年にアリババのなかで電子商取引の決済方法を編み出したところから始まる。中国ではクレジットカードが普及していないが、そうしたなかで、見ず知らずの人同士がネット上で商品を売り買いするとき、商品のもらい逃げや代金の取り逃げをどうしたら防ぐことができるのか。アリババが導入したのが「保証取引」という方法である。
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