コラム

「トゥキディデスの罠」アメリカは正気に戻って中国との戦争を回避できるか

2020年10月07日(水)16時35分

日本で初めて「外交青書」が刊行されたのは主権回復5年後の1957年。外交活動の三大原則として「国連中心」「自由主義諸国との協調」「アジアの一員として立場の堅持」がうたわれた。しかし半世紀以上にわたり、その基軸をなしてきたのは日米安保条約に基づく日米同盟である。

劇的な経済成長を遂げた中国は軍事面でもアメリカに牙をむくようになった。日本の外交原則も通算3188日に及んだ安倍政権下で「助け合える日米同盟」に深化を遂げる一方で、国連中心主義とは決別し「QUAD」を中心とした「自由で開かれたインド太平洋」の実現へと邁進する。

欧州連合(EU)を離脱したイギリスを環太平洋経済連携協定(TPP)に巻き込み、アメリカを呼び戻して、経済における「法の支配」の砦にすることも視野に入れる。しかし最大の問題は自由主義がもたらすイノベーションの力がアメリカを立て直せるかどうかだ。

歴史が教える「トゥキディデスの罠」とは

米政治学者でハーバード大学ケネディ行政大学院の初代院長であるグレアム・アリソン教授は著書『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』の中で過去500年を振り返り、新興国が覇権国を脅かした例が16件あり、12件で戦争が起きたと指摘している。

新興国と覇権国の力が逆転しようとする時、2国間の緊張は高まり、戦争が勃発する恐れがある。古代ギリシャの歴史家トゥキディデスが「アテネの台頭とスパルタの不安が戦争を不可避にした」と説いたことからアリソン氏はこのリスクを「トゥキディデスの罠」と名付けた。

戦争が回避されたのは(1)15世紀末、世界帝国と貿易で争った覇権国ポルトガルと新興国スペイン(2)20世紀初めのイギリスとアメリカ(3)1940~80年代のアメリカとソ連(4)1990年代~現在の英仏とドイツ――の四例だけという。

戦争が回避された要因をアリソン氏はこう分析する。
(1)権威あるローマ教皇アレクサンデル6世が「教皇子午線」を引き、ポルトガルとスペインの間で西半球を分割することを調停する。
(2)当時の英首相ソールズベリー侯爵が賢明にもアメリカとの力の逆転を受け入れて譲歩する。
・イギリスは南北戦争(1861~65年)に予防的介入してアメリカのパワーを管理可能なレベルに縮小するという最大のチャンスを逃す。民主主義国では予防的介入は見送られる傾向がある。
・イギリスはアメリカと言語も政治文化も同じという文化的な共通点に救いを見出した。
(3)核の報復能力を持つ国への核攻撃を考える指導者は無数の自国民を死に追いやる恐れがある。核戦争は勝利できない。
・核保有国同士の戦争は正当化できない。
(4)国家より大きなEUにドイツを組み込む。

5G競争とコロナ対策で惨敗したアメリカに勝機はあるか

アリソン氏は同著の中で「新旧逆転に対応する」「中国を弱体化させる」「長期的な平和を交渉する」「米中関係を定義し直す」という4つのオプションを示している。しかし現実的には軍事力の空白が生じれば中国は容赦なくその空白を埋めてくる。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IMF金融安定報告、軟着陸への楽観論に警鐘 三重苦

ビジネス

IMF経済見通し、24年世界成長率3.2% リスク

ビジネス

中独首脳会談、習氏「戦略的観点で関係発展を」 相互

ビジネス

ユーロ圏貿易黒字、2月は前月の2倍に拡大 輸出が回
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 2

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア黒海艦隊「主力不在」の実態

  • 3

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 4

    韓国の春に思うこと、セウォル号事故から10年

  • 5

    中国もトルコもUAEも......米経済制裁の効果で世界が…

  • 6

    【地図】【戦況解説】ウクライナ防衛の背骨を成し、…

  • 7

    訪中のショルツ独首相が語った「中国車への注文」

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    「アイアンドーム」では足りなかった。イスラエルの…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 7

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    猫がニシキヘビに「食べられかけている」悪夢の光景.…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story