コラム

安倍晋三を朝鮮半島で躓かせたアナクロニズム

2020年09月11日(金)11時35分

光復節(日本統治から独立した日)の反日デモ(2015年8月15日、ソウル) Kim Hong-Ji- REUTERS

<第二次安倍政権期の朝鮮半島政策がことごとく上手くいかなかったのは、南北朝鮮には日本の力が必要なはず、という時代遅れの錯覚があったからだ>

「日韓関係についての質問は出ないんですね」──自民党総裁選挙を巡る記者会見を見ていた、とある韓国在留のジャーナリストのSNS上での呟きである。なるほど確かにその通りだ。振り返れば、昨年の夏は7月に発表された日本政府による一部半導体産品の輸出規制発動により、日韓関係は大荒れに荒れていた。両国のメディアはこの対立を大きく報じ、韓国では大規模な日本製品や日本旅行のボイコットが発生していた。それは恰も日韓関係を巡る問題が、両国の国民において枢要の問題である、と見做されているかのようであった。

しかし、安倍首相が自らの退任を表明し、新たな首相が生まれようとする中、その候補者の日韓関係に関わる所信に関心を向ける人は少ない。同じ事は北朝鮮との関係についても言う事が出来る。自らの退任を表明した記者会見において、拉致問題を解決できなかった事を悔やんで見せた安倍首相に対し、新たなる総理・総裁達はこの問題に対して、通り一辺の見解を繰り返すに留まっている。そこにおいてこの問題を自らの政治家としてのライフワークの一つとして取り組んだ安倍首相との違いを見出だす事は簡単だ。

勿論、この様な状況の背景に、依然として我が国、そして世界各国に蔓延する新型コロナウイルスの影響を見出だす事は容易い。しかしながら同時に重要なのは、振り返ってみて2012年12月に成立した第二次安倍政権が、歴代の政権と比べても南北両朝鮮との関係に「拘り」を有していた政権だ、と言う事だ。

「親韓派」の巨頭・岸信介を祖父に

例えば、韓国との関係については、この政権の出帆当時の状況を思い出してみると分かり易い。第二次安倍政権が成立した2012年12月は同時に、韓国で大統領選挙が行われた月であり、そこで文在寅を僅差で破って当選したのは朴槿惠だった。当時は同年8月に李明博が竹島に上陸、天皇への謝罪を要求する発言をも行う事により、日韓関係が大きく悪化した時期である。

この様な状況において、出帆当初の安倍政権は韓国との関係改善に大きな意欲と期待を有していた。新たに大統領に選ばれた朴槿惠は保守政党セヌリ党の候補者であり、党内でも保守派に属した人物であった。1960年代の「親韓派」の巨頭として知られた安倍首相の祖父岸信介は、朴槿惠の父、朴正熙との交流を有した事でも知られており、安倍首相自身も過去にその愛娘である朴槿惠との個人的交流を有していた。だからこそ、安倍首相は古くからの交流を持つ同じ保守政治家である朴槿恵との間で、台頭する中国や核武装を進める北朝鮮に対抗する形で、日米韓三カ国の関係を立て直す事が出来ると考え、日韓議員連盟会長の額賀福志郎を特使として派遣するなど、積極的なアプローチを行った。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:「すべてを失った」避難民850万人、スー

ビジネス

出光、JERA保有の富士石油株を追加取得 持分法適

ビジネス

英賃金上昇率、12─2月は前年比6.0%に鈍化

ビジネス

日経平均は大幅続落、米金利上昇や中東情勢警戒 「過
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 5

    キャサリン妃は最高のお手本...すでに「完璧なカーテ…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    金価格、今年2倍超に高騰か──スイスの著名ストラテジ…

  • 8

    イスラエル国民、初のイラン直接攻撃に動揺 戦火拡…

  • 9

    甲羅を背負ってるみたい...ロシア軍「カメ型」戦車が…

  • 10

    中国の「過剰生産」よりも「貯蓄志向」のほうが問題.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入、強烈な爆発で「木端微塵」に...ウクライナが映像公開

  • 4

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 5

    ドイツ空軍ユーロファイター、緊迫のバルト海でロシ…

  • 6

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 7

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 8

    金価格、今年2倍超に高騰か──スイスの著名ストラテジ…

  • 9

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 10

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story