コラム

95歳のエリザベス女王がコロナ感染しても働き続ける理由

2022年03月03日(木)13時10分
95歳のエリザベス女王

コロナ感染で公務を「軽減」するまで働き通し JOE GIDDENS-POOL-REUTERS

<新型コロナウイルスに感染しても「軽い公務」を行っていたという英エリザベス女王。そこまでして働き続ける在位70年の95歳女性と、現代イギリス人の王室観とは>

新型コロナウイルスに感染したため、95歳の女性が仕事を軽減している。なんとも混乱する言い回しだ。まず、なぜ彼女は回復するまで仕事を休まないのか。次に、そもそもなぜそんな高齢女性が働いているのか。

(編集部注:3月1日、バッキンガム宮殿は女王の通常公務復帰を発表)

彼女の世代の女性の退職年齢は60歳だったから、同世代より35年も長く仕事を続けていることになる。職業人生を丸々1回分また繰り返しているくらいの期間だ。そこまでする理由は、もちろん、「彼女がイギリス女王だから」。通常の退職ルールは当てはまらず、王室支持者でなくとも格別と認めるほどの高い義務感に縛られて職務を続けている。

大掛かりな祭典はなかったが、英女王エリザベス2世は2月6日で驚嘆すべき在位70年を迎えた。彼女の即位は父ジョージ6世の死去に伴うものだったから、国家的祝祭の日とは言い難い。言い換えれば、女王にとっては歴史的節目であると同時に個人的な悲しみの日だと捉えられている。祝賀行事は6月に行われることになっていて、プラチナ・ジュビリー・バンクホリデー1日を加えた4連休となり、イギリス中で戴冠70周年記念イベントが開かれる。

95歳の女王の人気が国民の間でかつてなく高まっているのは疑いようがない。純粋に在位が長いことと、女王の献身的姿勢が敬意を集めていることも理由だろう。彼女は国家的惨事の現場に足を運び、元首としての役割を果たし、国のトップ外交官として振る舞う。

70年以上も国家元首であり続けたのに、ほとんど一つの失態も犯していないのは特筆に値する。時には、国民の気持ちを代弁してくれたりもする。2008年にはイングランド銀行(中央銀行)の職員に、金融危機を「なぜ誰も予見できなかったのか」と切り込んだ。昨年、夫のフィリップ殿下が亡くなった際には、国民の間に同情の声が広がった。

21歳の誓いを守り続ける英女王

困難な時期が訪れるたび、女王は国家の一体感と愛着とを一身に集めてきた。その最たる例が今回のパンデミックであり、フィリップの葬儀で女王がソーシャルディスタンスを忠実に守ってただ一人孤独に座る写真が報道された時は特にそうだった。

だが女王の人気の理由は、他のエリートたちの振る舞いとは対照的に、非の打ちどころがないから、という点が大きいだろう。英首相官邸でコロナ規制中にたびたび開かれていたパーティーが猛批判を浴びているのは、フィリップの葬儀前夜にも飲み会が行われていたせいもある。敬意に欠ける、という話ではない。女王が悲しみの渦中にあっても遵守していたロックダウンのルールを、首相らが軽視したことが問題なのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン大統領、16年ぶりにスリランカ訪問 「関係強

ワールド

イランとパキスタン、国連安保理にイスラエルに対する

ワールド

ロシア、国防次官を収賄容疑で拘束 ショイグ国防相の

ワールド

インドネシア中銀、予想外の利上げ 通貨支援へ「先を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 6

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 9

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 10

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story