コラム

困難な状況、分断、支持脆弱、それでも「結果を出した」政治家

2020年08月29日(土)13時45分

対するナショナリストには、目先の確かな利益を提示した(北アイルランド政府内での「権力の分担」や、ほぼプロテスタントで占められていた北アイルランド警察庁〔RUC〕などの組織改革など)。彼らはアイルランド統一の夢を公に放棄する必要はないものの、おそらく何十年、何世代か先の夢になるだろうと認識する必要があった。

たぶんヒュームの最も素晴らしい洞察は、彼が個人的にどんなに暴力を嫌悪していようと、過激派のアイルランド統一主義者とIRA(アイルランド共和軍)抜きにして解決は成し得ないことを見抜いていた点だ。彼らをただ除外するわけにはいかなかった。彼らの暴力は非難しつつ、ヒュームは常にIRAの政治組織シン・フェイン党との対話を続けた。

アイルランドの穏健派ナショナリストは、IRAとの取引を拒否するのが当たり前だったし、英政府は常に、テロリストとは決して交渉しないと主張していた。ヒュームは、IRAだって和平プロセスに引き寄せられる可能性があると見て取り、また彼らが武器を捨て決定的にプロセスに参加しない限り和平は達成できないと考えた。

今日の不完全な和平は、いまだ継続中でおぼつかないプロセスであるものの、かつてアイルランドをむしばんでいた暴力や分断に比べれば格段に望ましい状況だ。これは、ヒュームのレガシーである。

ヒュームの偉大さを図るもう1つの方法は、限られた政治基盤の中でいかなる功績を成し遂げたか、ということだ。1990年代のアイルランド島の人口は500万人ほど。そのうち北アイルランドの人口は3分の1未満だった。その北アイルランドの住民のうち、約40%がカトリック。そのカトリックの投票者のうち、ヒュームが党首を務める社会民主労働党(SDLP)に投票したのは3分の2ほどだった。計算すれば分かるが、彼は言うなればクロアチア政界の第3党、もしくは直近のフィンランド総選挙で第7党の票を得た政党(ご参考までに、スウェーデン人民党という政党だ)と同じくらいの支持者しかいなかったことになる。

それでも彼は、米大統領やアイルランド首相や英首相と並び、世界の舞台に立ったのだ。

<関連記事:ロンドンより東京の方が、新型コロナ拡大の条件は揃っているはずだった
<関連記事:中国に「無関心で甘い」でいられる時代は終わった

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン攻撃と関係筋、イスファハン上空に

ワールド

ガザで子どもの遺体抱く女性、世界報道写真大賞 ロイ

ビジネス

アングル:日経平均1300円安、背景に3つの潮目変

ワールド

中東情勢深く懸念、エスカレーションにつながる行動強
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story