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特別リポート:米下院選で共和党候補が警戒する「トランプの罠」

2018年10月16日(火)17時05分

 10月5日、トランプ米大統領について沈黙を守っている共和党現職議員の多くは、大統領の政策法制化の大半を支持しているが、表立った支持は表明しておらず、デリケートな綱渡りを続けている。写真は、今回の中間選挙では民主党候補に献金と票を投じるという共和党支持者のロバート・エリスさん。ネバダ州で8月撮影(2018年 ロイター/Sharon Bernstein)

[ストックトン(米ニュージャージー州) 5日 ロイター] - 米共和党のレオナルド・ランス下院議員は、党の地盤である選挙区から再選を目指すが、同党出身の大統領について言うことはほとんどない。

ランス議員の選挙向けウェブサイトには、移民や税などの争点に対する自身の姿勢が記されているが、そこにはトランプ大統領に対する支持を示す記述はない。

議員のツイッターやフェイスブックのアカウントでも、今年に入り、大統領を称賛するコメントを控えている。トランプ氏に言及する場合は、むしろ自身との違いを鮮明に打ち出しているという。

輸入関税を巡る大統領権限に対する制限や、引き離された不法移民親子の再会を求める超党派法案を共同提起しているランス議員は、銃規制への支持についても大々的に表明している。

トランプ大統領と距離を置こうとしているわけではない。「意見が一致する分野はあるが、異なる分野も指摘したい」とランス議員はロイターに語った。穏健保守の選挙区では、同議員の「超党派」的なアプローチは「選挙区民の大半の意見と一致」すると言う。

ランス議員の手法は、広く現実を映し出すものだ。

11月の中間選挙は、トランプ大統領への信任投票とみなされている。同議員が出馬するニュージャージー州北部の共和党支持基盤である裕福な郊外地域では、大統領への支持はそう高くはない。

これは、全米の他の似たような選挙区において、勝つために必要な穏健・保守有権者の票を獲得したい共和党候補者が直面する課題でもある。

共和党支持層におけるトランプ大統領の支持は根強い。

ロイター/イプソスの世論調査によると、共和党支持で実際に投票に行くとみられる有権者のトランプ支持率は82%に上る。だが、大卒や高収入な共和党支持者からの支持率は低い。2016年の大統領選でもこうした有権者が支配する選挙区の多くでトランプ氏は不調だった。

幻滅を感じている一部の共和党支持者は、トランプ政策、とりわけ移民や環境問題、ロシアとの関係に異を唱えていることが、世論調査で明らかとなった。大統領の敵対的で、無礼な態度にも批判的だ。

民主党が下院の過半数を握る、という観測が世論調査や専門家の間で優勢となりつつある現在、激戦区の共和党候補は1票も無駄にはできない。そして、トランプ大統領に対してどの程度の距離を保つべきか、ということが何にも増して大きな課題として浮上している。

多くの共和党候補にとって、その答えは「沈黙を守る」ことだ。

下院の激戦区56区のうち、共和党議員が出馬しているのはその3分の1以上に当たる19区だが、ロイターの分析によれば、今年になって彼らの選挙活動用ウェブサイトやツイッター、フェイスブックにおいて、トランプ氏を支持するコメントは見られない。

この傾向は、最も裕福な激戦区10区において特に深刻だ。これら選挙区の共和党候補のうち、ウェブサイトやソーシャルメディアでトランプ支持を表明しているのはわずか4人だけだ。一方、平均所得が最も低い激戦区10区では、8人の候補がトランプ支持を表明している。

激戦区における共和党候補のウェブサイトやソーシャルメディアの投稿をロイターが分析した結果、いかに激しい競争圧力に直面しているかが明らかとなった。共和党の支持基盤は、トランプ氏を批判する候補や、同氏とは反対の政策を望む穏健派や独立派を締め出している。

大統領について沈黙を守っている共和党現職議員の多くは、トランプ政策法制化の大半を支持しているが、表立ったトランプ支持は表明しておらず、デリケートな綱渡りを続けている。

「ドナルド・トランプ氏がすべてを支配している」──。富裕層の多い郊外選挙区の下院議員候補数人に助言している共和党の世論調査専門家、ウィット・エアーズ氏はそう語る。

エアーズ氏は候補者たちに対し、トランプ支持の表明を避けるだけでなく、大統領に対する批判も避けるよう助言している。大統領には触れないよう会話して、「その選挙区の価値や利益のために、共和党候補がいかに適しているかを強調」することが大事だ、と同氏は語った。

トランプ大統領は8月以降、下院候補10人以上の応援に立っている。それら候補の中には、低所得世帯の多い激戦区候補数人も含まれている。大統領は今後も、下院候補のためにイベントを予定している。

トランプ大統領の政治局長ビル・ステピエン氏は、1日付の内部メモで、大統領支持を表明しない共和党候補は、国家の方向性を支持する人たちに大統領がもたらした熱狂を活用できないと警鐘を鳴らした。

共和党支持者は下院選への関心において、民主党に遅れをとっていると同氏は指摘。「これまで投票しなかった有権者に投票させる」トランプ氏の能力を称賛した。

同氏はまた、勝つためには、候補者はトランプ氏とその政策に「明確かつ力強く同調する」必要があると述べた。

<トランプ・テスト>

ニュージャージー州第7選挙区選出の下院議席は1980年代以降、共和党議員で占められており、ランス議員もその1人だ。穏健で財政的に保守的な候補を支持するホワイトカラーの専門職が多い選挙区から得られる強固な支持の上に成り立っている。

少数の地元共和党関係者を含めた一部の有権者は、投票に先立ち、新たなリトマス試験を今年行っている。つまり、彼らはトランプ氏に反対姿勢を見せる候補を求めているのだ。

「(トランプ氏は)大統領に全くふさわしくない」と、同選挙区にある小さな自治体アレクサンドリアの責任者を務めるミシェル・ガライ氏(共和党)は言う。今年は、ランス議員の対抗馬である民主党のトム・マリノウスキー候補を支持すると語った。同候補はオバマ前政権で国務次官補を務めた。

ニュージャージー州第7選挙区のように激戦区とみられる下院選挙区56カ所の大半を共和党議員が占めており、残りわずか5カ所が民主党議員だ。共和党が占める選挙区において、ガライ氏のような有権者に与える「トランプ効果」のせいで、同党の勝利が遠のきつつある。

ロイターは、クック・ポリティカル・リポート、インサイド・イレクションズ、バージニア大学政治センターという独立した3つの政治調査団体が、激戦区あるいは与党・共和党に逆風が吹いているとみなす選挙区を、「激戦区」と認定した。

トランプ氏は2016年の選挙で、そのような56の激戦区のうち34区で勝利したが、その勝利は低所得層の多い地域に集中していた。所得中央値が7万5000ドル(約850万円)未満の激戦区の75%以上を制した一方で、より裕福な激戦区での勝率は20%未満だった。また、高収入と相関する大卒有権者の割合が高い選挙区でも、それをやや下回る結果だった。

こうした選挙区では、トランプ氏の売り込みはいまだに困難だと、直近の世論調査は示している。ロイター/イプソスの世論調査によると、大卒で家計所得が7万5000ドル以上の共和党支持者の51%が、11月の下院選挙で投票することは「確実」だと先月回答。ただ、2014年からは9ポイント減少している。

<綱渡り>

トランプ支持者を疎外することなく、不満を抱いている共和党支持者の情熱を取り戻すのはたやすいことではない、と共和党候補にアドバイスを行う世論調査専門家クリスティン・マシューズ氏は指摘。トランプ大統領のコアな支持者は、候補者が大統領と距離を置くのを見たくない反面、一部の大卒共和党支持者や無党派層は「反トランプ」に票を入れたがっているからだ。

ロイター/イプソスの世論調査では、うんざりして投票に行かない可能性のある共和党支持者の数は、比較的少ないことが示されている。他の共和党支持者よりもトランプ氏をやや支持しない傾向にある、所得が7万5000ドル以上の穏健な大卒共和党支持者の登録有権者では、投票しないと答えたのは1%にも満たなかった。

より大きな脅威となるのは、共和党支持層の14%が民主党あるいは第3の政党の候補者を支持すると答えていることだ。

ネバダ州ラスベガス郊外の激戦区、第3下院選挙区に属するビジネスマン、ロバート・エリスさん(75)もその1人だ。

これまで定期的に共和党に献金してきたエリスさんだが、トランプ氏の反移民発言や敵対的なツイートにうんざりしている。そこで今回は、トランプ氏の熱烈な支持者である共和党のダニー・ターカニアン候補には投票しないという。

その代わり、民主党のスージー・リー候補に献金と票を投じる、とエリスさん。民主党が下院で勝利し、トランプ氏を監視してくれることを期待しているという。

「そうなれば、彼らは妥協せざるを得なくなる。協力しなければね」とエリスさんは語った。

前出のランス議員は、そうしたどっちつかずの中立的な立場を模索している。

過激派組織「イスラム国」との戦いや、イラン核兵器開発といった問題では大統領の強硬姿勢を支持していると、ランス議員は言う。だがすぐに、大統領と異なる例を次々と挙げ、トランプ氏が推進する税制改革法に反対する共和党下院議員12人の1人だったと強調した。同法は、ランス議員のニュージャージー州で人気の税控除を制限する。

ランス議員は、自身の選挙戦がトランプ氏に対する信任投票となるとの見方を一蹴。自身の選挙区の有権者について、「候補者や争点に基づいて」投票してきた歴史がある、と語った。

反トランプ感情が高まっている選挙区では難しいかじ取りが求められる。2016年の大統領選ではランス議員の選挙区で、民主党のヒラリー・クリントン候補が僅差で勝利したが、下院選を争った議員自身は楽勝だった。

今回の下院選では民主党候補に入れる予定だという前出のガライ氏も、大統領に反対する候補者を望んでいる。選挙区民の多くが大統領への不満を共有していると同氏は言う。ただし、多くは党の下院候補に票を投じると同氏はみている。

「『自分は共和党支持者であり、何があろうと民主党候補には絶対に投票しない』と言う人たちがいる」とガライ氏。

共和党を支持する家族に育った同氏は、2016年の大統領選ではクリントン候補に激しく反対した。だが今回、トランプ氏に対する戸惑いから、第3の政党の候補者に投票することにしたという。

今こそ「党より国を優先」し、民主党候補を支持する時だとガライ氏は言う。「異常な時には、異常な措置が必要だ」

(Peter Eisler記者、Jason Lange記者、Sharon Bernstein記者、Tim Reid記者 翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

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