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焦点:2期目の黒田日銀、金融政策の正常化に踏み出せるか

2018年03月19日(月)18時27分

 3月19日、黒田総裁(写真)2期目の体制が明日スタートする。物価2%目標の実現を目指して現在の強力な金融緩和を継続する構えだが、緩和長期化の副作用とどのように向き合うかも課題になる。都内の日銀本店で9日撮影(2018年 ロイター/Toru Hanai)

[東京 19日 ロイター] - あす20日、日銀副総裁に若田部昌澄早大教授と雨宮正佳理事が就任し、国会で再任が同意された黒田東彦総裁の2期目の体制がスタートする。

物価2%目標の実現を目指して現在の強力な金融緩和を継続する構えだが、緩和長期化の副作用とどのように向き合うかも課題になる。改善が続く内外経済という好環境を目標実現につなげ、金融政策の正常化に踏み出せるのか、正念場はすでに始まっている。

<カギ握るインフレ期待>

「2019年度ごろには2%に達する可能性が高いと確信している」──。黒田総裁は3月上旬、国会での所信聴取で物価目標の実現に自信を示した。

背景には、黒田総裁が「着実に変化している」とした日本の経済・物価情勢の好転がある。海外経済の改善を追い風に、日本経済は8四半期連続のプラス成長を続け、失業率は2.4%に低下するなど労働市場は「ほぼ完全雇用」(同)。日本経済の需給は着実に引き締まっている。

一方、足元の消費者物価(除く生鮮食品、コアCPI)の前年比上昇率は、まだ1%弱。物価2%目標の実現には「かなり距離がある」(同)のが実情で、日銀新体制は現在の好環境をいかに物価上昇につなげていくかが、当面の最大の課題となる。

カギを握るのが、中長期的なインフレ期待の動向だ。2013年4月の黒田総裁就任後に打ち出した量的・質的金融緩和(QQE)によって、インフレ期待はいったん上昇したが、その後は原油価格の急落や、世界経済の減速を背景に低下した。

これら要因のはく落とともに、足元ではようやくインフレ期待の下げ止まりが確認されているものの、物価を持ち上げる上昇には至っていない。

物価動向に大きく影響する賃上げには、明るい動きが出ている。過去最高水準にある企業収益や深刻な人手不足を背景に、2018年春季労使交渉(春闘)では5年連続でベースアップ(ベア)が実現し、前年実績を上回る妥結が相次いでいる。

現段階で日銀は、物価が2%に向けて上昇率を高めていくとのシナリオを支援する内容と受けとめているようだ。

実質賃金が明確に上昇してくれば、需給とインフレ期待の両面を通じて物価の上昇圧力が強まる可能性がある。

<対話がより重要に>

好環境の中で当面の金融政策運営は、現行のイールドカーブ・コントロール(YCC)政策の下で短期金利をマイナス0.1%、長期金利をゼロ%程度とする誘導目標を維持していくことになりそうだ。経済・物価情勢の改善に伴って緩和効果が強まれば、さらなる需給の改善とインフレ期待の高まりが視野に入ってくる。

そこで重要となるのが市場とのコミュニケーションといえる。所信聴取では、金融緩和を縮小する出口戦略に関する黒田総裁の発言を受けて、市場が円高に反応する場面があった。

黒田総裁は後日、物価が2%に達していない状況で「(金融緩和を)中止したり弱めたりすることは考えられない」(同)と強調するなど市場をけん制した。

その後のドル/円は105円後半から106円台を中心にしたレンジで推移しているが、この例にあるように、米欧の中央銀行が金融政策の正常化にかじを切る中で、日銀の情報発信にも市場の関心が集まりやすい。一段と丁寧な市場との対話が求められる。

<問われる金利調整巡る説明力>

現行のYCCという強力な緩和効果を持つ政策を継続した場合、市場がある段階で「過熱」を先読みし、反応する可能性もある。そのケースでは、現行のYCC政策で設定している長短金利操作目標によるイールドカーブが、「最適」とは言えなくなる状況も想定される。

第一生命経済研究所・首席エコノミストの熊野英生氏は、今後も良好な外部環境が継続すれば「物価が2%に近づく情勢は、時間とともに現実化していく」とし、新体制は「経済実態の改善に伴って、いかに金融政策を正常化させていくかが課題になる」と指摘する。

だが、「最適」を目指した金利調整が、早期の出口戦略や連続利上げなどの思惑を生み、長期金利の急上昇を招く恐れもある。

熊野氏は、急激な長期金利上昇によって景気に悪影響を与えないよう、市場との対話が重要になるとし、「市場にヒントを与えたり、打ち消したりを繰り返しながら、当面は長期金利目標ゼロ%を維持しつつ、どこかの段階で物価上昇に合わせた金利上昇を容認していくことになるだろう」と予想する。

日銀が19日に公表した3月8、9日の金融政策決定会合の「主な意見」では、緩和調整について1人の政策委員が「金融引き締めとはまったく別物であることが、市場参加者にきちんと理解されるよう、説明していくことが必要」と主張している。

<景気下振れ対応に幅>

先行きの景気下振れへの対応では、日銀内に意見の幅がありそうだ。副総裁に就任する若田部氏は所信聴取で、必要と判断すれば追加緩和も辞さないと強調。

追加緩和の判断は、日銀が19年度ごろと見込んでいる物価2%の到達時期が「どれくらい後ずれするかがポイントになる」と述べている。

他方、雨宮理事は所信聴取で、資産価格の行き過ぎや金融機関経営の収益に与えるマイナスの影響などを副作用に挙げ、金融政策運営では「効果と副作用の両方の比較衡量が重要」と指摘。政府内にも、長短金利目標の引き下げや国債買い入れの増額などの追加緩和は「経済や金融によほどのショックが起きない限り必要ない」(政府関係者)という声が少なくない。

物価2%の実現がさらに遠のいた場合、政策の枠組み修正や物価目標のあり方に議論が発展する可能性も否定できない。

(伊藤純夫 編集:田巻一彦)

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