ニュース速報

ビジネス

焦点:ダイムラー筆頭株主に躍り出た中国吉利の「秘密工作」

2018年03月17日(土)08時41分

 3月2日、独自動車大手ダイムラーは、中国の自動車メーカー浙江吉利控股集団が、同社の株式約10%を取得したことを2月23日発表し、金融市場とドイツ監督当局を仰天させた。写真は吉利の李書福董事長。独ベルリンで2016年10月撮影(2018年 ロイター/Hannibal Hanschke)

Adam Jourdan and Norihiko Shirouzu

[上海/北京 2日 ロイター] - 独自動車大手ダイムラーは2月23日、中国の自動車メーカー浙江吉利控股集団が、同社の株式約10%を取得したことを発表し、金融市場とドイツ監督当局を仰天させた。

突然の動きに見えたが、吉利集団の董事長(会長)を務める李書福氏は、数カ月かけて、これだけの株式を取得するための下準備をひそかに整えていたことが、ロイターが取材・検証した複数の情報提供者・資料から明らかとなった。

吉利社内の情報提供者2人、また同社に近い人物1人によれば、吉利幹部の李軼梵氏が、1年以上前から、ダイムラー株取得を任務とする少人数のチームを率いていたという。

香港の複数のペーパーカンパニー、デリバティブ、銀行融資、慎重に構築された株式オプションを駆使することにより、李書福氏はその計画の秘密を守り続け、突如として、ダイムラーの筆頭株主に踊り出ることが可能になったのである。

結果として投資額は90億ドル(約9500億円)に達したが、ある企業における議決権付き株式の比率が3%・5%を超過した場合にドイツ当局に通知することを投資家に義務付ける情報開示ルールは回避された。上述のような方法で保有株式を積み上げたため、吉利がそうしたルールに違反した兆候はまったく見当たらない。

ダイムラーの上級幹部の1人は「李氏が投資すること自体は意外ではなかった。だが、そのやり方には本当に驚いた」と話した。

<数合わせのゲーム>

株式を集めるために用いられたペーパーカンパニー「Tenaciou3 Prospect Investment」は、昨年10月27日に香港で設立された。香港の会社登記所に提出された書類によれば、同社の発行済み株式は1香港ドル(約14円)の普通株1株である。取締役は李軼梵氏1人だけだ。

ロイターが11月に報じた通り、ダイムラーは株式取得あるいは技術提携の締結に向けた吉利からの提案を拒否していた。その翌月、Tenaciou3はモルガン・スタンレーおよびバンクオブアメリカ・メリルリンチとの間で、間接的な方法によるダイムラー株取得に向けて支援を得る旨の契約を結び、香港会社登記所への登記書類を提出していた。

ダイムラーは先週、法令に基づく届け出の中で、李書福氏が保有する9.69%の株式を管理する実体としてTenaciou3の名を挙げた。

事情に詳しい人物によれば、今回の投資構造を案出して李氏が流通市場においてダイムラー株を集積することを支援したのはモルガン・スタンレーであり、さらに資金も融資していたという。

また事情に詳しい複数の情報提供者によれば、吉利は元モルガン・スタンレーの幹部、ドイツのダーク・ノテイス氏と中国のバオ・イー氏の2人と契約し、ドイツにおける情報開示義務がすぐに生じないようにする戦術をモルガン・スタンレー、バンクオブアメリカ・メリルリンチ両行が案出するのを支援したという。

Tenaciou3は独自に若干のダイムラー株を購入したが、情報開示は義務付けられない水準だった。

情報提供者2人によれば、両行はその後、別に2つのルートで株式を買い増したが、吉利には所有権が生じる形ではなく、したがって情報開示の義務は発生しなかったという。

一部の株式は直接購入されたが、投資を損失から保護する「エクイティ・カラー」構造によってリスクは相殺されていた。これは、その時価以上の価格で当該の株式を購入するオプションを売る一方で、時価以下の価格で株式を売却する権利を得るオプションを買う仕組みである。

情報提供者によれば、両行はさらに、デリバティブを購入することで若干の株式を購入する権利を取得した。

これらの株式がTenaciou3に売却された場合に、初めて情報開示の必要が生じることになる。

ドイツのメルケル首相は27日、今回の株式取得に関して明らかな法令違反は見られないと述べたが、同国で金融市場の規制を担当するドイツ連邦金融サービス監督庁(BaFin)は、情報開示ルール違反があったかどうか調査している。

ロイターが閲覧したドイツ連邦議会への報告書の中で、同国経済省は、中国企業によるダイムラー株取得という観点から、情報開示規制の強化を検討するとしている。

<何重にも入り組んだペーパーカンパニー>

今回の株取得においては、取引の構造が非常に複雑であるために、舞台裏で誰が資金を供給したかが判断しにくくなっている。

書類上、Tenaciou3は別の香港企業「Fujikiro Ltd」に所有されており、Fujikiroでは第3の企業である「Miroku Ltd」を取締役として登録している。公的な記録によれば、この両社の他の取締役はすべて国際的な法律事務所である金杜法律事務所のシニアパートナーである。

ロイターが閲覧した書類のいずれにも、李書福氏の名前は見当たらないが、彼はTenaciou3が保有するダイムラー株の所有者は自分であると公言している。

ペーパーカンパニーを投資ビークルとして用い、富裕な投資家の代わりに弁護士が取締役を務める手法はかなり一般化している。

金杜法律事務所はコメントを拒否している。

今回の株取引に詳しい吉利関係者によれば、ペーパーカンパニーが設立された理由の1つは「オフショア買収」取引のためであり、資金が中国本土から外国に移転するような取引に関して最近厳しさを増している中央政府の監視を免れるためだという。

吉利は、今回の株取引のための資金はすべて中国国外で調達されたものだと話しているが、業界コンサルタントらは、香港企業を使っているせいで、資金の調達先を検証することは困難になっているという。

吉利が直接傘下に置いている別のペーパーカンパニー「Tenaciou3 Investment Holdings Ltd」は、香港当局に提出された12月5日付の契約によれば、中国の興業銀行<601166.SS>香港支店から16億7000万ユーロ(約2200億円)の融資を受けている。

ダイムラーの提出書類によれば、Tenaciou3 Prospectをコントロールしているのは、李軼梵氏を取締役とするTenaciou3 Investment Holdingsであるとされている。

Tenaciou3 Investment Holdingsは、保有するTenaciou3 Prospect Investmentの株式を上記融資の抵当としている。

興業銀行との融資契約では、融資された資金の使途は明らかにされていない。

中国南東部の福州市に本社を置く興業銀行にコメントを求めたが、回答は直ちに得られなかった。

欧州外交評議会(ECFR)でアジア担当上級政策研究員を務めるアンゲラ・スタンツェル氏は、ドイツでもっぱら懸念されているのは、透明性の欠如だという。

スタンツェル氏はロイターの取材に対し、「問題は、どこから資金が出て、今回の株式取得が実際にどのように行われたのか、という点だ」と語った。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2018 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン攻撃と関係筋、イスファハン上空に

ワールド

ガザで子どもの遺体抱く女性、世界報道写真大賞 ロイ

ビジネス

アングル:日経平均1300円安、背景に3つの潮目変

ワールド

中東情勢深く懸念、エスカレーションにつながる行動強
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中