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アングル:北朝鮮を動かしハノイに咲く「30年のラブストーリー」

2019年02月18日(月)15時48分

James Pearson and Kham Nguyen

[ハノイ 13日 ロイター] - 若い2人は同じような緊張の表情を浮かべ、深い茶色の瞳でカメラを見つめている。ベトナム人留学生の男性は、最愛の女性に出会ったばかりだった。北朝鮮人である女性のほうは、彼を愛することを許されない立場だった。

ファム・ゴック・カインさん(69)が初めてイ・ヨンヒさん(70)と写真を撮ったその日から結婚するまで、31年かかった。北朝鮮政府は2002年、自国民と外国人の結婚を認める異例の措置を取った。

「最初に彼を見た時からかなわぬ愛だと思い、とても悲しかった」。ハノイで2人が暮らすソビエト時代のアパートの一室で、イさんは振り返った。

北朝鮮では不可能な自由をベトナムで享受するファムさんとイさんは、ハノイで今月末に開かれるトランプ米大統領と金正恩・朝鮮労働党委員長の首脳会談で、米朝の敵対関係が解消に向かうことを期待している。

「北朝鮮人なら解決を望んでいる。でも政治は複雑だから」と、イさん。「金委員長がトランプ大統領と会うと最初に聞いたとき、みんな韓国との統一が近いのではないかと考えた。でも1日や2日では実現しない。物事が良い方向に向かうことを願っている」

アジアで最も成長著しい国の1つとなり、国際社会の一員になったベトナムは、孤立と貧困にあえぐ北朝鮮のお手本とみられている。

ベトナムと米国が戦争をしていた1967年、ファムさんは戦後の復興に必要な技術を学ぶため、200人の留学生の1人として北朝鮮に送られた。

数年後、北朝鮮東部の肥料工場で化学技術の見習いをしていたファムさんは、実験室で働いていたイさんに目を止めた。

「あの子と結婚しなければ、と思った」と話すファムさんは、勇気を奮い立たせてイさんに近づき、住所を尋ねた。

イさんは住所を教えてくれた。友人たちから、工場で働いている「ベトコン」(南ベトナム解放戦線)の1人が自分にそっくりだと聞かされ、好奇心がわいた。

「彼を見た瞬間に、その人だと分かった。とても素敵だった」と、イさん。「それまで、みんながハンサムだという人を見ても何も感じることはなかったのに、彼がドアを開けて入ってきた瞬間、私の心がとろけてしまった」

だが、2人には困難が待ち受けていた。北朝鮮では今でも、そしてベトナムでは当時、外国人との交際が固く禁じられていた。

<会うためにゲリラ作戦>

何通か手紙を交換した後、イさんはファムさんが自宅を訪れることに同意した。

ファムさんは、慎重に事を運ぶ必要があった。北朝鮮女性と一緒にいるところを見つかったベトナム人同志が、ひどい暴行を受けていたからだ。

北朝鮮の衣服に身を包んだファムさんは、バスに3時間乗り、そこから2キロ歩いてイさんの自宅を訪れた。1973年にベトナムに帰国するまで、ファンさんはその旅を毎月繰り返した。

「彼女の家にはこっそり行った。まるでゲリラのように」と、ファムさんは言う。

ハノイに戻ったァムさんは、失望のどん底にいた。共産党幹部の子息にもかかわらず、ファムさんは入党を拒否し、国が彼に用意していた明るい将来を蹴ってしまった。

「人々が愛し合うことを禁じる社会主義には同意できなかった」と、ファムさんは話す。

5年後の1978年、ファムさんが所属する化学技術の研究所が、北朝鮮への旅行を企画した。

ファムさんは参加したいと申し出て、イさんとの再会に成功した。しかし、イさんは顔を合わせるたびに2度と再び会えないのではないかと考え、悲嘆にくれたという。

ファムさんは北朝鮮指導部宛に、2人の結婚の許しを請う手紙を携えてきていた。「その手紙を見た彼女は、同志よ、私の政府を説得するつもりなのかと聞いてきた」と、ファムさんは振り返る。手紙は出さずじまいだった。ファムさんはその代わり、自分を待つようイさんに頼んだ。

<ついに結婚へ>

その年の年末、ベトナムが隣国カンボジアに侵攻。カンボジアを支援する中国とベトナムは国境付近で戦争になった。北朝鮮は中国、カンボジアと友好関係にあったため、ファムさんとイさんは文通を止めた。

「母は私を気にかけながら泣いていた。恋の病だと分かっていたと思う」と、イさんは話す。

ファムさんは1992年、ベトナムのスポーツ代表団の通訳として再び北朝鮮を訪れることに成功したが、イさんとの再会は果たせなかった。ハノイに戻ったファムさんを待っていたのは、イさんからの手紙だった。

まだ愛している、という内容だった。

1990年台後半、大規模な飢饉に見舞われた北朝鮮は、政府代表団をハノイに派遣してコメの支援を求めた。だが、すでに経済・政治改革に着手して西側との関係を再構築していたベトナムは、この要請を断った。

イさんと彼女の仲間を心配したファムさんは、友人たちから7トンのコメを集めて北朝鮮に送った。

この善意が、ファムさんとイさんの再会に道を開いた。ファムさんの行いを知った北朝鮮政府は、イさんが国籍を維持することを条件に、2人が結婚してどちらかの国に住むことを認めた。

2002年、ついに2人は平壌のベトナム大使館で結婚した。ハノイで新たな生活を始め、今もそこで暮らしている。

「結局、最後は愛が社会主義に打ち勝った」と、ファムさんは話した。

(翻訳:山口香子、編集:久保信博)

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